賃料債務は可分?不可分?

相続はある人の死亡によって当然に開始されるものであり、相続人は「その相続分に応じて」亡くなられた方の権利義務を承継するものとされています(民法899条)。

その際、金銭のように、分割することが可能なものを請求する権利あるいはその支払いをする義務については、判例上、当然に分割されて各共同相続人に帰属することになるとされております(債権について最高裁昭和29年4月8日、債務について大審院昭和5年12月4日決定等)。例えば、AがBから代金100万円の商品を購入した後、代金未払いのうちに亡くなった場合、Aの相続人でそれぞれ2分の1ずつの相続分を有するC及びDは、Bから各人50万円ずつの支払請求をされうる債務者となります。

このような判例の考え方からすると、賃貸借契約における「賃料」も金銭として過分なものであるから、不動産賃貸借契約の借主が死亡して相続が生じた場合、相続開始後の賃料について、貸主は、相続人に対して、各相続人の相続分に応じて分割した賃料額しか請求できないようにも思えます。

しかし、判例は、相続開始後、遺産分割前までの賃料債務は性質上不可分の債務であり、賃貸人はいずれの相続人に対しても賃料の全額を請求できるとしています。そして、その理由として、賃借権を共同相続した場合、各相続人は、賃貸人との関係では目的物の全部の使用収益をすることができる地位にあるということを挙げます(大審院判例大正11年11月24日判決)。

たしかに、たとえ金銭債務を相続した場合であっても、当該金銭債務と対価性のある権利については全部行使できる場合に、その対価たる金銭については相続分しか支払わなくてよいというのは妥当とはいえず、利益の全てを得ている相続人各人に全ての賃料の支払いを請求できるとする判例の見解は妥当であると考えられます。

一方、一部の相続人が全額の賃料を支払った場合には、賃貸人はそれ以上に他の賃借人に請求をできるわけではなく、あくまで賃料額についての支払いを受けられるにとどまるうえ、相続人側からしても、自らの相続分を超えて賃料の支払いをした場合には、他の賃借権の共同相続人に対して、相続分について按分した賃料を支払うよう請求(求償権の行使)ができます。例えば、賃料が10万円で、共同相続人が妻(相続分2分の1)と子2人(相続分4分の1ずつ)の場合、賃貸人が妻から10万円の支払を受けたときは、賃貸人の賃料債権はこれをもって満足する一方、妻は子らに、それぞれ2万5000円ずつ(合計5万円)を請求することができます。

よって、賃貸人が契約で定められた賃料を超過する金銭を得るわけでも、賃料の支払いを請求された賃借人だけが損をするということにもならず、あくまで、賃借人の親族関係が全て判明しない限り相続分という内部事情を把握することが困難な賃貸人の請求の便宜を重んじた判断であると考えられます。

ちなみに、賃貸人の地位を共同相続した各共同相続人は、相続開始後、遺産分割までに生じた賃料債権について、相続分に応じて分割された賃料債権を各人が当然に取得し、当該分割後の請求のみを行うことができるとされており(最高裁判所平成17年9月8日判決)、上記賃料債務の相続の場合との結論の違いには留意が必要です。