相続の場面では、プラスの財産はもちろんマイナスの財産についても相続の対象となりうるものがあります。すなわち相続とは、被相続人に帰属していた権利義務関係について、その地位を“包括的に”承継するものであり、個別の財産についてのみ相続し、又は放棄するという選択はできないのです。
したがって、およそマイナスの財産が多額であるか、その可能性が高い場合には、相続放棄や限定承認も検討しなければなりません。
もっとも、一身専属性のある債権・債務(権利義務)については、相続されません。その典型例として、高名な画家が絵画を作成する債務を負っている場合が挙げられます。これは、絵画作成を依頼した側としては、その画家に描いてもらわなければ目的を達成できず、債務の代替性がないためです。
すなわち、権利の性質上、被相続人にのみ帰属すべきものについては相続の対象外なのです。
民法上、当事者の死亡により、契約が終了(相続されない)する旨の明文規定があるものとして次のものが挙げられます。
① 使用貸借契約関係(民法599条、ただし借主死亡の場合のみの規定であるため、貸主死亡の場合は、民法597条2項ただし書きの適用ないし類推適用の問題とされます「最高裁判所平成10年(オ)第513号平成11年2月25日第1小法廷判決裁判集民事191号391頁参照」。)
② 代理関係(民法111条1項1号で本人の死亡、同項2号で代理人の死亡が代理権消滅原因とされています。)
③ 委任契約関係(民法653条1号で、委任者・受任者の死亡がともに終了事由とされています。)
④ 組合契約関係(民法679条1号で、組合員の死亡が脱退事由とされています。)
さらに、明文規定はないものの、雇用契約における被用者の地位も一身専属とされます。当事者間の信頼関係や個人の能力を基礎とする契約では、性質上相続になじまないのです。その他、生活保護受給権、扶養請求権等も一身専属の地位とされています。医師国家資格等の個人資格も、そのほとんどが一身専属でしょう。
他方、保証債務については、その種類により相続されるか否かが異なっています。すなわち、相続の時点で金額等、その保証すべき範囲が不明確なものについては、相続の対象外となる場合があるのです。
その典型例は、身元保証です。これは、従業員が雇用主に損害を与えた場合等、その就労に関する一切の債務を保証するものです。身元保証については、相続の時点で生じていた損害賠償請求権のように、すでに現実化している場合は相続の対象ですが、身元保証人の地位自体は一身専属であり、相続されません。
保証人は主債務者との間では、その信頼関係が重要とされることが多いものですが、契約当事者である債権者にとっては、保証人と主債務者の問題に過ぎないものです。また、相続の時点で、すでに特定されているものについては、相続人にとって承認・放棄の選択材料が与えられているとも考えられます。
このように、債権者と保証人(の相続人)双方の立場を考慮すると、特定されたものについては相続の対象とする一方で、今後どの程度の責任を負うか不明確なものについて継続的にその責任を負わせることはしないとすることは、一定の合理性があると考えます。