9月に入っても暑い日が続いていますね。体調には十分注意してください。

 さて、今回は、平成22年6月24日の広島高等裁判所の裁判例を見ていきたいと思います。

 この事案は、結婚して10年余りを経過し、3人の子どもをもうけた夫婦の離婚の事案です。妻は、夫に対し、婚姻を継続し難い重大な事由があるとして、離婚(子どもらの親権者をいずれも妻に指定する旨の申立てを含む。)及び慰謝料300万円の支払いを求めるとともに、子どもらの養育費、財産分与及び年金分割のための標準報酬等の按分割合に関する各処分という請求できるものはすべて請求している事件です。

 この事件で一番争いになったのは、養育費についてのようです。養育費というのは、ご存知の方も多いかと思いますが、双方の収入から算定します。算定に当たっては、「算定表」というものがあり、それに従って定められます。

 しかし、子どもが3人もいたからでしょうか、夫はできるだけ額を少なくしたかったのでしょうね。基本的には、養育費を算定表に従って出た額を支払うことは理解していたようですが、「子ども手当」が平成22年4月1日から、毎月1万3000円支払われることになった、来年度からはこれが2万6000円になる、だからこの額を引き算するべきであるなどと主張しました。

 養育費について、「子ども手当を引いてくれ!」と主張されている方も多いのではないかと思います。子ども手当は、子どもを養育するための資金として、国から支払われているので、なんとなく、引かれても仕方がないように思ってしまうかもしれません。

 しかし、裁判例は次のように判断しました。

「平成22年度における子ども手当の支給に関する法律は、次代の社会を担う子どもの健やかな育ちを支援するために、平成22年度における子ども手当の支給をする趣旨(1条)で制定された同年度限りの法律であり、政府は、平成23年度以降の子育て支援に係る全般的な施策の拡充について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとされていること(附則2条2項)、その支給要件も、監護者である父又は母の所得に関する制限が設けられておらず(4条1項、2項)、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長の平成22年3月31日付け都道府県知事宛て通知(雇児発0331第17号)においても、子ども手当については、子育てを未来への投資として、次代を担う子どもの育ちを個人や家族のみの問題とするのではなく、社会全体で応援するという観点から実施するものであると説明されていることからすると、子ども手当の支給は、民法上の扶養義務に淵源を有する養育費の支払に影響を与えるものではないと解されるし、少なくとも、平成22年度限りの法律である同法による子ども手当について、これを継続的な養育費算定において考慮することは妥当でないというべきである。」

 簡単に言うと、子ども手当は、子育ては家族だけでなく社会全体で頑張りましょうという法律なので、家族間で子どもを扶養しましょうという養育費とは性質が違うため、引き算はできませんということです。

 また、平成22年度以降、実施されるかどうかも分かりませんということも理由につけています。裁判所が政府を揶揄しているようにも見え、私は面白いなと思いました。

 ちなみに、この事件は、控訴審で、原審があります。
 慰謝料の点につき、原審に対し、夫は、「原判決は、妻が性病にかかってしまったのは夫の所為であるとし、夫が子どもの面倒を見ないのが、婚姻の破たん原因としているが、これはこじつけであり、夫に『完全な聖人君子たれ』と言っているに等しい。原判決の慰謝料の算定は公平ではない。」というような内容の反論をしていました。しかし、裁判所は、妻が夫に性病検査・治療を頼んでもしなかったし、子どもの面倒を見ていなかったのは事実だから、反論は、理由がないと一蹴しました。これぐらいのことを要求して、「完全な聖人君子たれ」と言っているに等しいと思う人もいるのですね。

弁護士 松木隆佳