養育費請求権というのは、親に対する子の扶養請求権を、生活費という面に焦点を絞って言い換えたものです。
 難しいことを申し上げましたが、要するに、「子が親に対して請求できる生活費」のことを養育費と呼ぶわけです。ここでの要点は、養育費が子の権利であるということです。

 今回はこのことを少し考えてみましょう。

 たとえば、とにかく早く配偶者と離婚したいがために、「もう慰謝料も財産分与も養育費も何もいらないから別れてください。」と言って実際に離婚できたはいいが、後に生活が苦しくなって子どもを育てられないという状況に陥った場合、慰謝料・財産分与・養育費はそれぞれもう請求できないことになるのでしょうか。

 慰謝料請求権と財産分与請求権は、それぞれ配偶者の権利ですから、真意に基づき一度請求権を放棄したのであれば、もう請求できません(脅迫や暴行や詐欺等の事情があって放棄したのであれば別です。)。
 しかし、養育費は子の権利です。そのため、親の立場で子の養育費請求権を放棄できるかというと、少し踏み込んだ検討が必要になります。

 親が、子に代わって(法定代理人として)養育費請求権を放棄した、と考えた場合、この放棄は民法881条に反するため無効と考えられます。

 しかし、親同士の話合いで、養育費の負担割合を100対0とする合意をした、と考えるのであれば、これは必ずしも無効なものとはいえません。もっとも、この親同士の話合いに子は関与していないと考えられるので、このように考えた場合でも、子が親に対して養育費を請求することは可能でしょう。げんに、そのように判断した審判例も存在します。

 さらに、親同士で養育費を100対0とする合意が成立したと考える場合にも、100対0という負担割合が子の福祉を害するといえる特段の事情があるか、合意後に事情の変更があって100対0の負担割合を維持することが実情に沿わず公平に反するといえるかという点を検討の上、合意が妥当でないと判断される場合には、100を負担するほうの親から負担0の親に対して養育費の請求が可能とする審判例も複数存在します。

 冒頭のような場合には、げんに生活が苦しくなって子どもが育てられない状況に陥っている以上、負担割合を維持していると子の福祉を害すると言えるでしょう。そのため、合意にかかわらず子の養育費を請求できる可能性があります。

 なお、冒頭のような場合には、養育費の放棄が当時の状況に照らし真意に基づいたものといえるのか、子に代わって養育費請求権を放棄してしまったのではないか等の観点から合意の有効性自体を争う余地もあるでしょう。