法学部の民法ゼミでの、X教授、Hさん、Iくんのお話・・・

X教授「今回は次のような事案を用いて、離婚について考えてみましょう。
 基礎となる事案は、旦那さんが、奥さんに対して、離婚を申し立てるというもので、離婚の理由として、奥さんに対する愛情がなくなったということだけを主張しているとしましょう。離婚の調停を経て、奥さんが離婚に応じず、裁判になったとすると、愛情がなくなったこと『のみ』を理由に、旦那さんからの離婚請求は認められるでしょうか?お二人はどう思いますか??」

Hさん「結婚って、愛情があるからこそするものじゃないですか。愛のない結婚って、なんだか偽装結婚みたいで、愛情がないなら、それ以上結婚している状態を続けさせても意味がないような・・・結婚って、無理に続けさせるものじゃない気がします。」

Iくん「僕もそう思います。愛情がない夫婦に婚姻生活を無理やり続けさせても、誰も幸せになれないと思います。」

X教授「では、愛情の喪失は、法律上の離婚原因でいうと何にあたるのですか?」

Iくん「民法770条1項5号の『その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき』です。」

X教授「なるほど。では、裁判例ではどうなっているか知っていますか?」

Hさん「「えーっと・・・」

Iくん「『愛情』について書かれている裁判例は見たことがあるんですが・・・」

X教授「私の知る限り、一方の愛情がなくなったという理由だけで離婚が認められたという事案は見たことがありませんね。」

Hさん「「そうなんですか??どうしてなんでしょうか??」

X教授「それは『その他婚姻を継続し難い重大な事由』の解釈によるところが大きいと思います。
 この『婚姻を継続し難い重大な事由』というのは、婚姻関係が破綻し、共同生活の回復の見込みがない場合をさし、婚姻中の両当事者の行為や態度、婚姻継続意思の有無、子供の有無や状況、双方の年齢・職業・資産・収入など、一切の事情が総合的に考慮する、と言われています。
 この場合、愛情の喪失というのは、一つの考慮要素ではあるわけですが、その他の要素も加味して判断されるわけですね。」

Hさん「「愛情が喪失した、という事情を重視して、それだけで『婚姻が継続し難い』と考えてはいけないのですか?」

X教授「仮に、『愛情が喪失した』ということを、本人の言い分だけで立証できるのであれば、そういう考え方が論理的にありえないとは言いません。ですが、実際には、内心の事情を立証するのは相当困難でしょう。それに、離婚したい人は皆『愛情を喪失した』と言えば裁判で認められるとなれば、民法770条で離婚事由を限定して規定した意味がなくなってしまいますよね?」

Iくん「それはそうかもしれませんが、一方の愛情がないのに夫婦関係を継続させるというのはやはりおかしいと思います。」

X教授「ここからは推測になりますが、実際には、愛情が喪失したということを立証するために、様々な周囲の事情を主張していくことになります。
 そのような客観的事情そのものを、『婚姻を継続し難い重大な事由』を基礎づける事情として考えているので、『婚姻を継続し難い重大な事由』の立証と、愛情が喪失したことの立証は、結局似たような事実を主張・立証することによってなされることになるのだろうと思います。
 したがって、愛情の喪失の立証に成功するのであれば、『婚姻を継続し難い重大な事由』の立証にも成功する可能性が高いと言えるのではないでしょうか。」

Hさん「「なるほど。でも、それでも愛情が喪失しているのに離婚は認めないという場合は存在するということになりますよね?」

X教授「それはその通りです。結婚というものについて、民法がどのように考えているかということにも関わりますが、結婚すると、夫婦で共同生活をし、子供を作り、育てて、家族が増え、つまりは生活の基盤を作ることになりますよね?」

Hさん「「そうですね。結婚というのはそういうイメージです。」

X教授「そうであるなら、そのような生活の基盤、子供との関係などを、『愛情が喪失した』という事情だけで解消してしまっていいのでしょうか?
 結婚というのは、確かにスタートには愛情があってしかるべきなのかもしれません。しかし、スタートしてしまった以上は、そこに生活の基盤ができ、愛情以外の様々な事情が関係してきます。そのような事情に目を向けずに、『愛情』にだけ着目して離婚を認めるというのは、婚姻制度に愛情以外の事情を関連させている日本の民法では、簡単には認められるべきではないと私は考えます。」

Iくん「なるほど。婚姻という制度に民法典が与えている役割も、考えなければならないというわけですね。」

X教授「そういうことです。その婚姻制度に民法典が与えている役割というものも、考え出すと非常に深いのですが、長くなってしまうので今日はこの辺で。お疲れ様でした。」

参考文献:能美義久・加藤新太郎編「論点体系判例民法9親族」、大村敦「家族法」

弁護士 水野太樹