問題の所在

 夫婦の財産が債務しかない場合、債務自体の負担を命じる財産分与は、可能でしょうか。

 民法768条3項は、「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」財産分与の可否及びその内容を定めるとしています。

 「協力によって得た」という文言は、婚姻後に積極的に形成された財産の額を念頭に置いているといえ、プラスの財産が存在しない場合には、財産分与を認めない規定ぶりといえるでしょう。

 債務の負担を命じる財産分与について、裁判実務は、おおむね消極的な態度をとっているように窺われます。

 仮に、債務の負担を命じる財産分与を認めたとしても、債権者との関係で債務者を一方的に変えることはできない以上、せいぜい夫婦間で併存的債務引受けや履行の引受けができるのみです。そうなれば、弁済による求償権の行使の問題が残り、財産分与によって、夫婦共有財産の完全な清算は見込めないでしょう。

 したがって、債務の負担を命じる財産分与については、否定するのが妥当といえるでしょう。

ある裁判例の紹介

 原告(夫)から被告(妻)に対し、離婚と財産分与を求めた事案において、東京地判平11.9.3は、原告名義となっているゴルフ会員権や預金などについて原告に分与を命じるとともに原告名義となっている債務について原告に負担を命じました。

 この判決は、主文において、「原告と被告との間において、……債務を原告に負担させる。」と掲げていることから、財産分与として債務の負担を命じたものだと評価されることがあります。 しかし、この判決は、マイナスの財産・プラスの財産ともに、名義人自身である原告への分与を掲げた点に特色があり、原告の債務を被告に負担させたり、あるいは、その逆に被告の債務を原告に負担させたりしているわけではないため、債務の負担者自体は動かしていません。

 したがって、この判決をもって、財産分与において債務負担を命じた判決であると評価することは適当でないでしょう。

弁護士 大河内由紀