皆様、こんにちは。
1 イントロ
今回も、血のつながりのない子の養育費の扱いについて、前回とは異なる事例を取り上げつつ、考えてみたいと思います。
2 事案の概要(東京高裁平成21年12月21日判決・判時2100号43頁)
X(夫)とY(妻)は昭和51年に婚姻した後、昭和58年に長男Aが生まれました。
ところが、AはXの子ではなく、Yが別の男性との不貞行為により生まれた子供でした。実はYはXとの婚姻直後に不貞行為を行っており、さらに別の男性との不貞行為の末にAが生まれたのでした。Yはこのことを伏せたまま戸籍上XはAの父として養育してきました。
そして、Yは平成17年、Xに対して離婚と慰謝料の支払いを求めて訴訟を提起しました。Xもこれに対抗して、離婚及び慰謝料の反訴を提起しました。この離婚訴訟の第1審でDNA鑑定を行った結果、XとAとの生物学的な親子関係は存在しない(=血のつながりがない)ことが判りました。離婚訴訟は離婚を認容するとの結論に加え、慰謝料についてはXのYに対する請求を一部認め、5500万円の請求のうち400万円を支払えとの判決が下されました。Xは控訴しましたが、控訴審でも600万円の限度で慰謝料請求が認められるにとどまりました。
ところが、Xはそれでも納得がいかなかったのか、①Aが不貞相手であったことの慰謝料として1500万円、それに加えて、②Aが成人するまでにXが負担してきた養育費はAがXの実の子でなかったことから不当利得(大まかには法律上の原因(≒根拠)なくして受けた利益を指します。)であるとして、その相当額1800万円の支払いを求める損害賠償等請求訴訟を提起しました。
3 裁判所の判断
第1審では、上記の請求①は前の離婚訴訟で請求した権利と同一であるから、②は権利の濫用にあたるから許されないとして、Xの請求のいずれも棄却しました。
控訴審もXの請求を認めませんでしたが(①は訴え却下、②は請求棄却との扱い等に変更)、その理由を詳しく述べていました。
①については、離婚に伴う慰謝料は相手方の一連の有責行為により離婚を余儀なくされたことの全体を一個の不貞行為として扱うのが通常であり、前の離婚訴訟で評価し尽くされていたか否かを判断すべきとしたところ、前の離婚訴訟でYの不貞行為について判断した結果、一部とはいえ慰謝料請求が認められたのであるから、評価はし尽くされたとの判断を示しました。このため、既に決着した紛争を蒸し返すことになるから信義則に反するとして訴えそのものが却下されました。
他方②については、XがAの養育費を負担したのは、仮にもAと親子関係があった時のことであったこと(ちなみに平成20年にXの親子関係不存在確認の訴えが認められて、XとAは法律的な親子関係も失われました。)、何よりもXとAは、Aが成人するまで良好な親子関係が形成されており、XがAの養育費を負担したことが法的に見て財産上の不均衡な状態を生み出したとはいえないことから、請求を認めませんでした。
4 まとめ
(1) 今回の裁判例も一般の方から見て割となじみやすい結論だったかと思います。
①の慰謝料請求は、既に確定した内容をもう一度判断するように求めていることになるので、制度的に許されるものではありません。②については控訴審の判決がいうように、Xは知らなかったとはいえ愛情を注いでAを育ててきたのに今更なかったことにしようというつもりなのか、というような素朴な価値観が当てはまりやすいでしょう。
(2) もっとも、今回の裁判例は理論的には整合しないようにもみえます。親子関係不存在確認の訴えが認められたことについて、その効果をAが生まれた時点までさかのぼれる(遡及効といいます。)とするならば、金額はさておきY(実質はA)はXから法律上の原因(≒根拠)なくして養育費を負担してもらっていたことになります。しかし、この遡及効の有無について、今回の裁判例ははっきりとしていないとの指摘があります(中川忠晃「妻の不貞行為による子の養育費相当額につき不当利得返還請求することの可否」民事判例Ⅲ164~167頁)。
実の子でない子の養育費を負担すべきか否かについて、法律上の親子関係の有無が大した基準にはならないことを意味するのかもしれません。となると、まさに価値観のぶつかり合いのような論争になりかねないのですが、裁判所はひとまず血のつながりのない子であっても親の扶助が必要な状況にあれば成人前の子であれば養育費の請求と認め、本件のように過去に負担した養育費の清算はよほどの事情がない限りは認めないように思われます。
本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。