ずいぶん前ですが、財産分与で家を譲渡する場合、分与する側に譲渡所得税がかかる場合があることをお話ししました
 (記事はこちら:財産分与したら課税される?

 では、分与する側が、譲渡所得税がかかることを知らなかった場合、この財産分与が錯誤により無効であると主張することができるのでしょうか。

 まず、民法上、「法律行為の要素に錯誤」があったときには、その法律行為は無効となります(民法95条)。法律行為の要素に錯誤がある場合とは、簡単に言えば、約束の主な内容について、勘違いをして、思っていることとは違うことを表示してしまうような場合です。

 よく民法の教科書で登場する例としては、10ポンドと10ドルを同じ価値であると勘違いして10ドルと売買契約書に表示してしまうような場合です(ちょっと分かりにくいかもしれませんが、メインの話ではないのでこのくらいで…)。

 すると、上記の例では、財産分与で家を譲渡しようと思って、相手に家を譲渡すると約束したのですから、法律行為の要素に錯誤はありません。分与する側が勘違いしていたのは、家を譲渡しても自分に譲渡所得税はかからないという点です。このような勘違いを「要素の錯誤」に対して「動機の錯誤」と言います。

 この「動機の錯誤」の場合、原則として思っていることと表示したことに違いはないので、錯誤とならず、効果も無効にはなりません。ただし、その動機が約束をするときに相手に表示されていれば、錯誤により無効となりえます(この点も、ちょっと分かりにくいですが、メインの話ではないのでこのくらいで…)。

 上記の例でいえば、分与する側が「税金がかからないから、財産分与として君に家を譲渡するよ。」などと言っていた場合には、その財産分与の約束は無効になるということです。ただ、さすがにここまで明示して動機を相手に伝えることはなかなかないと思います。そのため、動機は黙示的に相手に伝えていれば足ります。

 最高裁平成元年9月14日判決は、夫が妻に財産分与として不動産を譲渡した後に、2億円の譲渡所得税がかかることが判明した場合について、財産分与をする際に、夫が財産分与により妻に税金が課されることを心配していたという事情をもって動機が黙示的に表示されており、財産分与は錯誤に基づいてなされたものであると判断しました。

 税金の問題は、弁護士も全てを把握しているわけではないので、家などの不動産を財産分与するときは、どれくらい税金がかかるのか相談してから離婚した方がいいと思います。

弁護士 竹若暢彦