敵を知り己を知らば百戦危うからず。出典は孫子なのですが、正しくは、「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」(謀攻篇)なんですよね。「敵」じゃないんです。知ってましたか?
と、いきなり孫子の話をしてしまいましたが、別に中国の古典について語りたいわけではないのでご安心を。ここを読んでいらっしゃるみなさんは、実は本シリーズのコンセプトがまさに「彼を知り己を知れば・・・」であることにお気づきかと思います。
今回は、家事事件手続法について見てみたいと思います。他の弁護士が少しだけブログに書いているようではありますが、私はなるべく全体を俯瞰する形で取り上げましょう。
1 施行時期
平成23年5月25日から起算して2年を超えない範囲内で政令で定める日です。要するに、平成25年5月24日までには施行されますが、まだ具体的にいつなのかは分かりません。なお家事事件手続法が施行されると、今までの家事審判法は廃止されます。
2 特徴
一言でいうと、「家事事件の民事訴訟化」ですね。
初めに私が家事事件手続法の条文を見たとき、「これって民訴じゃん!」と思いました。
話が脱線しますが、民事訴訟法は司法試験受験生の中では「眠素」と呼ばれておりまして・・・まあ、およそ手続のルールなんか面白いはずがなく(それを言っちゃおしまいという気もしますが、99パーセントの方にはご同意いただけると思います)、民事訴訟法の条文なんかその最たるものです。もっともこれを知らなければ司法試験に合格できませんので必死で教科書を読んだり条文を読み込んだりするわけですが、この「眠素」の条文に家事事件手続法の条文が非常によく似ているわけです。
具体的にどこが似ているかというと・・・管轄や除斥・忌避の定め、当事者能力・手続行為能力の定め、代理人の定め、費用についての条文が法律の初めのほうに明記されているという点です。もっといえば、2条あたりに「信義誠実の原則」について書いてあったりして、これはもうどう見たって「民訴じゃん!」ということです。お時間のある方は、民事訴訟法の最初のほうの条文と家事事件手続法の最初のほうの条文を読み比べてみてください。眠くなっても知りませんが(笑)。
条文が似ているということは、手続はもちろんのことその運用も似てくるであろうことが予測されるわけで、今までであれば調停や審判の申立書は比較的グダグダでも許されたわけですが、これからは民事訴訟同様に「要件を満たしていないので却下!」なんて言われかねないわけです(実際に却下の条文があります。家事事件手続法49条や255条をご覧ください)。
そうすると、今まで一般の方々が気軽に調停や審判の申し立てをしてきたと思うのですが、これからは申立てが簡単にできなくなる恐れがあります。専門家の需要が高まる可能性大ですね。
あと、注意が必要なのは、調停申立ての段階で申立書の写しが相手方に交付されてしまうこと(256条)です。民事訴訟であれば当然に被告に訴状が送達されているわけですが、同様に家事調停の申立書の写しが相手方に送付されます。
ということはどういうことかというと、相手方からしてみれば申立ての内容が調停期日前に判明するということです。これはありがたい話で、今までだと(家裁の運用で申立てのごく一部の内容はわかるようになっていました)どういう内容の申立書なのかわかりませんでしたが、これからは期日前に戦略が立てやすくなるということです。
逆に、申し立てる側からすると、申立ての内容を考えないと痛い目に遭う恐れがあるということです。「あ、ろくな離婚事由ないじゃん。不成立にしちゃえ!」なんて思われかねません。万が一間違えて申立書に妻(もしくは夫)の悪口なんかガンガン書いちゃったりすると、初めから泥仕合です(笑。今まではよくあったんですけどね)。
ちなみに、運用上、すでに各地の家裁では申立書の写しを相手方に送付するようになっています。申立てをする方は気を付けてくださいね!
3 家事事件手続法の趣旨
趣旨の規定は第1条に書いてありますが、趣旨というほどのことは書いてありません。じゃあ、このような「家事事件の民訴化」はなぜ行われたのか。お国は「国民にとって利用しやすく、現代社会に適合した内容のものに改めるため」なんて言ってますが、「国民にとって利用しやすく」なったかは疑問ですよね。電話会議システムの採用なんかはいいと思うんですが、上のように、民事訴訟同様にきっちりきっちりしなきゃいけないとなると、逆に一般国民が利用しづらいんじゃないでしょうか?
私はむしろ、この法律は、「現代社会に適合した内容のものに改める」ことのほうに重点が置かれてるんじゃないかと考えています。「現代社会に適合」とはすなわち、今までウエットな感じで進んでいた家事調停が万事ドライにドライに・・・なるのかどうかは分かりませんが、法文を見た感じでは上に書いたようにドライになっていますよね。ドライにちゃちゃっと進む調停・・・私はそうなってほしいんですけどね。我々はその変化を目の当たりにする職業ですので、随時対応を考えていきたいと思います。
弁護士 太田香清