婚姻費用分担義務の有無と程度

 婚姻費用とは、婚姻家庭がその資産、収入、社会的地位等の事情に応じた生活を維持するために必要な費用をいい、民法760条に規定されています。

 この婚姻費用を分担すべき義務は、生活保持義務すなわち義務者が自己と同程度の生活を保障する義務であると言われています。これに対し、生活扶助義務とは、義務者が自己の収入等に応じて負担可能な範囲で扶助すれば足りる義務とされ、民法752条の扶助義務などがこれにあたります。

 婚姻費用分担義務は、今でこそ、上記生活保持義務であるとの考えが定着したと言えますが、以前は、生活保護基準に従った分担義務としたり、通常の社会人として生活するのに必要な程度すなわち都道府県人事委員会算定の標準生活費の分担義務とするものがありました。これらは、上記生活扶助義務とみる考え方です。

 また、長期の別居等により婚姻関係が破綻しきっている場合や、婚姻費用分担請求者に不貞を働いた等の有責性がある場合には、婚姻費用分担義務を生活保持義務と捉えることにやや抵抗があるでしょう。そのような場合にまで、義務者はどうして自己と同一の生活レベルまで保障してやる必要があるのかと感じるかもしれません。

 そこで、請求者に別居や婚姻関係破綻の責任がある場合、義務者の婚姻費用分担義務は、請求者の生活費相当部分に関して減免されるとの見解があります。減免のうち、減額にとどめる見解は、生活保持義務を生活扶助義務に落とす考え方です。そして、義務者の婚姻費用分担義務を免じてしまう見解は、請求者の有責性が顕著であり、婚姻費用分担を求めることが信義則違反ないし権利濫用となるとした下級審判例などがその例です(東京高裁昭和58年12月16日決定、福岡高裁平成17年3月15日決定等)。

 ただ、これらは、夫が病気から回復して退院し、妻に同居を求めたが、妻は応じず、別居から10年も経過後に婚姻費用分担請求をした等特殊な事案です。また、否定されたのは、妻の生活費に関する部分のみで、子の監護費用相当部分については請求が認められています。

 こういった考え方はあるにはあるのですが、迅速な処理が要求される婚姻費用分担調停・審判において、有責性の判断に時間をかけるべきではなく、婚姻関係破綻に関する責任の有無や程度は、離婚訴訟等で審理していくべきというのが実務上の大勢のようです。