離婚の際には、さまざまな金銭的取り決めが必要になります。別居後離婚前までの婚姻費用分担、離婚後の養育費、夫婦共同生活中に築かれた財産を分ける財産分与、財産分与の一環としての年金分割…時に離婚は大変だなどといわれるのは、こうした金銭的問題をどのように処理するかで大いに揉めることがあるからでもあります。

慰謝料の考え方

 こうした金銭的請求の中で、よく取り沙汰されるのが慰謝料の請求です。慰謝料請求とは、被害者が加害者に対して、その加害行為によってこうむった精神的損害を金銭評価して請求するものです。
 離婚の際の慰謝料には、①離婚の原因となった事情に関する慰謝料、②離婚自体の慰謝料の2つの要素が含まれるといわれます(さらに別途、扶養的要素のものがあるという立場もあります)。
 しかし、よくよく考えてみると、不貞やDVなどの離婚原因があるから離婚に至るのであり、離婚原因に対する慰謝料と離婚自体の慰謝料を区別できるのかどうか、疑問にも思われます。
 他方で、明確な理由なく離婚に至る場合(性格の不一致など)もあり、このような場合には、離婚自体の慰謝料はありうるとして、離婚原因についての慰謝料はない(請求できる理由がない)とも考えられますから、やはり2つは区別できるのかとも思われます。

 こうした問題について、1つの結論を示したとも考えられるのが、広島高判平成19年4月17日家月59巻11号162頁の判旨です。

慰謝料の裁判例

 この裁判例の事案は、次のようなものです。
 当事者となった夫婦は、昭和49年に婚姻し、円満な夫婦生活を営んできました。しかし、平成14年ころから、夫が他の女性と肉体関係を持つようになり、妻がこれに気付いて問い詰めたことをきっかけに、別居に至りました。
 妻は、夫とその不貞相手に対し、平成16年ごろ、不貞行為を理由とする慰謝料600万円を請求する訴えを起こし、裁判所は夫らに対して連帯して300万円を支払うよう命ずる判決を下しました。同判決は控訴されましたが、平成17年に控訴が棄却され、確定しました。なお、妻と夫は、この裁判の第1審中に行われた本人尋問の席上で、双方とも離婚を望むと表明し、これにより夫婦の婚姻生活は破綻に至ったと認められます。

 第1の訴訟が確定した後の平成18年、妻は夫に対し、離婚と財産分与等を、夫と不貞相手に対し、離婚自体の慰謝料をそれぞれ請求する第2の訴えを提起しました。

判決確定後、同一の権利について再び争いは出来ない

 ところで、一般の方にはなじみがないと思いますが、民事訴訟の世界には、「既判力」という言葉があります。これは、確定した判決に認められる効力の一つで、1つの事件について裁判を求めて判決を得た当事者の間では、その判決が確定した後は、再び同一の権利について、裁判所で争うことができず、裁判所も先行する判決に反する判断ができなくなるとする効力です。
 上の事件でいえば、離婚原因についての慰謝料について、裁判所は、妻には夫と不貞相手に300万円の慰謝料を請求する権利があると認めたのですから、この点について、再度の訴訟はできないということになるはずです。
 したがって、仮に、夫が離婚原因についての慰謝料支払い義務はないとの訴えを起こしても、それは第1の訴訟の既判力に反しますので、その訴えによる請求は認められません(「棄却」されます。)。他方、妻が再び離婚原因についての慰謝料請求を夫または不貞相手に対して起こしても、その点についての判決は既にもらっているのですから、もう一度裁判をしてもらう利益(「訴えの利益」といいます。)はもはやないので、裁判所はその訴えを受け付けないという判断になるはずです(「却下」といいます。)。

 広島高裁が控訴審として扱った第2の訴訟では、まさにこの既判力が争点となりました。

離婚に至る前の精神的苦痛が対象で、離婚自体の請求ではないとの主張

 夫らは、この裁判で、「第1訴訟において妻も夫も離婚意思があることを明言し、これをうけて前訴判決は、婚姻関係の破綻を前提に、早晩離婚に至ることは確実であると判断し、このような事実認定のもとに慰謝料請求を認めているのであるから、前訴判決は、離婚原因のみならず、離婚自体についての慰謝料請求権も判断している。」と主張し、第2訴訟は第1訴訟の既判力に反すると主張しました。
 これに対し、妻は、「前訴においては、妻が妻としての権利を侵害され、離婚に至る前の精神的苦痛が争いの対象(「訴訟物」といいます。)とされたのであり、離婚自体についての慰謝料請求権は訴訟物とはなっていない」と主張し、第2訴訟は第1訴訟の既判力と抵触しないと主張しました。

 これに対し、広島高裁は、

「第2訴訟の慰謝料請求は、夫とその不貞相手の不貞関係により妻が離婚しなければならなくなったことによる精神的苦痛の慰謝料の支払いを求めるものである。他方、第1訴訟は、不貞行為とこれによる婚姻関係の破綻による精神的苦痛に対する慰謝料を請求するものであり、夫婦が離婚したことにより妻がこうむる精神的苦痛については、賠償の対象とされていない。そうなると、2つの訴訟の慰謝料請求権は訴訟物が異なるものといわざるを得ず、前訴の既判力は本件の慰謝料請求権には及ばないと解するのが相当である。」

と判示しました。

離婚原因の慰謝料と、離婚自体の慰謝料の判断

 要するに、広島高裁は、離婚原因となった事情に対する慰謝料請求権と、離婚自体の慰謝料請求権は別の訴訟物であるとの判断をしたわけです。したがって、理論的には両者は区別でき、仮に離婚原因となった事情を原因とする慰謝料を受け取っていたとしても、その後に、離婚自体の慰謝料を請求することも可能ということになります。
 もっとも、広島高裁は前記判断に続けて、

「前訴判決では、不貞行為によって婚姻関係が破綻したことによる精神的損害の賠償を求め、そのような事実認定もなされてこれを前提に慰謝料額の判断が行われている。したがって、本訴において原告である妻が求めることができるのは、『完全に形骸化した婚姻関係を法的に解消したことによって被る新たな精神的損害のみである』ところ、原告に新たな精神的損害が生じたと認めることはできない。」

との判断を示して、妻の新たな慰謝料請求を認めませんでした。

慰謝料についてのまとめ

 こうして考えてみると、そもそも「離婚自体の慰謝料」というものの内容が問題なのではないかとも思われます。精神的苦痛には当然理由があり、それが通常は離婚原因になっているはずですから、離婚原因と切り離された離婚自体から生じる精神的苦痛というものが果たして観念できるのか。これは従来から言われていることですが、慰謝料を請求する側は、普通は離婚を請求する側です。離婚を請求する一方で、離婚することが精神的苦痛というのはある意味矛盾しているのではないかという問題意識につながります。

 そういう意味で、このケース検討は、理論が常に実際にあてはめて使えるものとは限らないということを示しているのかもしれません。
 もっとも、極めてまれではあっても、この理論に基づいて請求が可能になる場合があるのかもしれません。そういう事案にぶつかったとき、理論は限界事例にこそ生きるという典型例を見ることになるのでしょう。