昔読んだ村上春樹の短編小説に、何事もなく長年連れ添った夫婦だったのに、妻が旅行先で夫に頼まれたお土産の洋服を選んでいるときに、ふと、夫への愛がすっかり冷めてしまっていたことに気付く、というちょっと怖い話があったのですが(記憶がかなり曖昧なので違っていたらすみません)、ささいなきっかけで愛情が醒めてしまうと、箸の上げ下ろしに至るまで何もかもが気に食わない、もう視界にはいるのもイヤッ!となってしまうのは往々にして女性が多いように思います。

 男性にすれば、そんな理由で?ということでも一度嫌となったら我慢できないということで奥さんが家を出てしまったら、奥さんから離婚請求することはできるでしょうか。

 民法には夫婦が同居し、互いに協力し、扶助する義務が定められており(752条)、同居を拒否しその義務を履行しなかった場合、正当な理由がない限り、相手方の配偶者を悪意で遺棄したことになります。

 悪意の遺棄は法定の離婚原因(民法770条1項2号)ですので、夫または妻が、正当な理由もないのに家を出て別居を始めてしまったような場合は、その行為が同居義務違反ないし悪意の遺棄にあたり、婚姻関係が破綻したのは別居に踏み切った方の配偶者に責任があるとして、その配偶者からの離婚請求が認められにくくなったり、相手方から慰謝料を請求されたりする可能性があります。

 同居拒否の正当事由の判断要素としては、実務上、夫婦の婚姻関係が破綻しているかどうか、同居による円満な婚姻関係の回復可能性があるかどうかという点が考慮されます。

 同居拒否の正当事由について判断した事例を一つご紹介します。

 これは、妻が、夫と同居していると不愉快なことが多い(時と場所を考えずに身勝手な発言をする、自分の友人関係について何かと干渉する、子どもに対して高圧的な態度で接し子どもも父親を嫌っている等)として別居を始めたため、夫が夫婦同居申立をしたという事案で、原審は妻が同居を拒否していることから夫婦共同生活体を維持することは困難であるとして申立を却下しましたが、二審では、夫には暴力等の非行はまったくなく妻が嫌悪する夫の身勝手な行動と言うのは抽象的であること、夫の側も家庭を崩壊させないよう努めてきていること、妻も夫を避けようとまではしていないこと、夫と娘との関係も通常の親子関係において多くみられるものであること、別居期間がそれほど長期でないこと等を考慮して、婚姻関係はまだ破綻していないし同居の障害となる顕著な事由も見いだせないとして同居拒否の正当事由は認められないと判断しました(東京高決平成12.5.22)。

 冒頭の村上春樹の短編小説では、結局妻は家を出て、夫婦は離婚してしまうのですが、ずいぶんとものわかりのよい夫だったのか、夫の愛も同じように冷めていたということだったのか。もし仮に小説の中で夫が申立をすればこの決定からすればもちろん同居拒否の正当事由は認められないことになりそうです。

弁護士 堀真知子