M&Aの実行においては、契約書を締結し、当該契約書に基づき、M&Aのスキームを実行することとなります。多くの場合に採用される株式譲渡のスキームであれば、株主と買い手の間で株式譲渡契約書が締結されますが、契約内容は複雑になりがちであり、普段目にする契約書とは一見変わった内容を含んでいます。
代表的な契約条項は、「表明保証」と呼ばれる定めを置くことでしょう。耳慣れない言葉であるのは、英米法における契約書から輸入した定めを直訳しているからと思われます。どのような目的をもって表明保証条項が定められるかというと、対象となる会社が正常な運営をしていることなどを約束(保証)させることをもって、事前の情報提供又は後日の責任追及の根拠とすることを目的としています。たとえば、対象会社においては、M&A実行時点において、労働者に対する未払賃金(時間外及び深夜割増賃金を含む。)が存在しない、といった事実を保証させるといったものです。
表明保証条項を定めることによって、保証できない事実が定められたと株主が判断した場合には、後日の責任追及のリスクを避けるためには、事実をあらかじめ伝えておかざるを得なくなります。上記の例であれば、時間外労働が発生しているにもかかわらず、割増賃金を支払っていないといった実態が存在する場合には、株主は、個人的な責任を追及されることを避けるためには、労働実態等を含めた事実を伝えざるをえなくなります。
しかしながら、表明保証を定めておけば、それで安心かというとそうもいきません。元々、日本法において制度化された定めではないため、日本法における表明保証条項の位置づけについては、様々な議論があります。少なくとも、言えることとしては、表明保証条項は、それ単独の定めとしておくのではなく、表明保証条項に違反していた場合のペナルティを誰がどのように負担するのかという点について、別途定めておかなければならないということがあります。
上記の例でいえば、未払賃金が発覚した場合には、当該未払賃金相当額を株主が賠償しなければならない旨別途定めておかなければ、表明保証も絵にかいた餅になりかねません。当初の想定と異なる事実が発覚した場合に責任追及することを想定した契約書の作成を心がける必要があります。
合意が決まりつつある状況で、契約書に詳細な表明保証や損害賠償に関する定めを置くことを躊躇われたとしても、適切なリスクの分担を行っておくことは必要でしょう。