Ⅰ 事案の概要
1.Xは、電子制御機器等の製造・販売等を業とするY社との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、Y社で勤務してきました。
2.Y社の就業規則では、従業員の定年が60歳と定められている他、平成3年以降は、組合との労働協約に基づき、 定年後1年間、嘱託雇用する取扱いが行われていました。
3.Y社は、平成18年3月、61歳までの嘱託雇用を終えた従業員を対象に、継続雇用を行うための「継続雇用規程」(以下、「本件規程」といいます。)を定め、従業員に周知しました。本件規程には、①Y社は継続雇用を希望する高年齢者から選考して採用する、②Y社は、高年齢者の在職中の業務実態・能力に係る査定を点数化し、総点数が0(ゼロ)点以上の高年齢者を採用する等の定めが置かれていました。
4.Xは、嘱託雇用契約の終了に先立ち、本件規程に基づく継続雇用を希望していましたが、Y社は、Xが本件規程における0(ゼロ)点以上の基準を満たさないとして、本件規程に基づく再雇用契約を締結しないことを通知しました。
5.そこで、Xは、本件規程に基づきY社に再雇用されたと主張し、労働契約上の地位を有することの確認、賃金の支払い等を求める訴訟を提起しました。
Ⅱ 争点
① Y社による継続雇用拒否の適法性
② 継続雇用拒否が認められない場合における再雇用契約の成否及びその内容
Ⅲ 最高裁平成24年11月29日判決の要旨
1.争点①について
Y社は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下、「高年法」といいます。)9条(高年齢者雇用確保措置)に基づき、本件規程を定め、周知したことによって、同条所定の継続雇用制度を導入したものとみなされるところ、Xは、在職中の業務実態・能力に係る査定を点数化すると1点となり、本件規程の基準を満たすものであったから、Xにおいて、嘱託雇用契約終了後も雇用が継続すると期待することには合理的な理由があると判示しました。他方で、Y社が本件規程に基づく継続雇用を拒否したことについては、他に当該拒否をやむを得ないとみるべき特段の事情も窺われない以上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないと判示しました。
2.争点②について
高年法の趣旨等に鑑み、XとY社の間には、嘱託雇用契約終了後も、本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものと見るのが相当であり、賃金等の労働条件については、本件規程に従うことになると判示しました。
Ⅳ 本判決の意義
2004年の高年法の改正により、事業主に、65歳までの雇用確保措置(65歳未満の定年の引上げ、継続雇用制度の導入等)を講じる義務が課せられて以降、継続雇用制度下での継続雇用拒否の適法性及び当該拒否が違法とされた場合の再雇用契約の成否が争点となる事件が多発し、下級審の判断も分かれていました。
本判決は、これらの問題について、最高裁として初めての理論的判断枠組みを示したものであり、先例的価値を有する重要な判例であると言えます。
Ⅴ 本判決にみる実務における留意事項
1.継続雇用制度下において事業主による継続雇用拒否が認められる場合
本判決を受け、今後、高年齢者が継続雇用制度に申し込むことで、継続雇用に対する合理的な期待が生じた場合、事業主において継続雇用を拒否するためには、本判決の言う客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性が必要になると考えられます。
いかなる事情がある場合に、客観的に合理的な理由及び社会通上の相当性が認められるかは、今後の裁判例の集積を待つことになりますが、下級審裁判例のうち、継続雇用基準には合致するものの、「経営不振による継続雇用の困難性」等の事情が認められる場合には、例外的に継続雇用しないことも許されると判示した判決(大阪地裁平成23年8月12日判決。再雇用契約の成立を否定。)があり、継続雇用を拒否しうる具体例の一つとして、参考になると思われます。
なお、継続雇用の拒否に関しては、「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」(平成24年11月9日厚労省告示第560号)があり、この中で、「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合には、継続雇用しないことができる」と述べられていることから、これらの場合にも、継続雇用拒否が認められる可能性が比較的高いと考えられます。
2.継続雇用することを前提とした場合の事業主の対応策
本判決により、継続雇用を希望した高年齢者に対する継続雇用拒否が容易には認められなくなった以上、事業主としては、継続雇用規程の内容をよく吟味する必要があります。具体的には、継続雇用に伴う賃金・人事処遇制度の見直し(従前の年功序列的賃金制度から能力・職務内容等を重視した賃金制度に改める、正規雇用時代の勤務実態・能力を踏まえた賃金額とする等)、短時間勤務制度や隔日勤務制度の導入等により、継続雇用を希望する高年齢者を柔軟に受け入れることができる態勢を整えておく必要があります。
なお、現在雇用している事業主が必ずしも高年齢者を継続雇用する必要はなく、当該事業主とその子法人、親法人、関連法人等(以下、「子法人等」といいます。)との間で、子法人等が高年齢者を継続雇用する旨の契約があれば、子法人等による継続雇用でも足ります(高年法9条2項、同法施行規則4条の3)。