第1 はじめに

 前回は、多様化した業務形態の一つとして、変形労働時間制の紹介をしました。しかし、変形労働時間制は、こういった体制を敷かないと不都合が生じるような特別な業種の企業に関して適用される制度です。したがって、かかる変形労働時間制適用事業以外の会社のみなさんにとって、なじみの薄いものであったかもしれません。

 今回紹介するフレックスタイム制は、業種を限らず、企業一般に適用されうる制度であり、聞いたことがないという方はまずいないと思います。しかし、わかっているようで知らない事項もあるはずなので、再確認の意味も込めて、ここで取り上げることとさせていただきます。

第2 フレックスタイム制

1 制度趣旨

 従来は、労働者は使用者の定める所定労働時間に従って労働するものという考えがありました。しかし、近時、知的・専門的労働者の増加と共に、労働者が始業・終業時刻や時間配分・業務遂行の方法を主体的に決定していく労働態様が要請されるようになってきました。このような要請を反映して導入されたのがフレックスタイム制です。

2 要件

 これは、労使協定により、一定事項を定めたときに、就業規則等で始業・終業時刻を労働者の決定に委ねるとした者について、1か月以内の一定期間(清算期間)を平均して1週間あたりの労働時間が40時間を超えない範囲で、週40時間、1日8時間を超えて労働させることができる制度です(労働基準法32条の3)。

 同制度を採用するには、労使協定で①適用される労働者の範囲、②清算期間、③清算期間における総労働時間、④標準となる1日の労働時間、⑤コアタイムを定める場合にはその開始・終了時刻、⑥フレキシブルタイムに制限を設ける場合にはその制限の開始・終了時刻を定めることです(同条1号ないし4号、同法施行規則12条の3第1号ないし3号)。
 なお、労使協定の届出は不要とされている点は、前述した変形労働時間制と異なるので注意が必要です。

3 貸し時間と借り時間

 フレックスタイム制においては、労働時間を柔軟に取り扱う制度という性質上、しばしば労働時間の貸借制というものが採られることがあります。
 貸し時間とは、ある清算期間における総労働時間を超えて労働した場合に、その超過分の賃金を支払わないでおいて、次の清算期間の総労働時間から超過労働時間を控除することをいいます。これは、賃金全額払いの原則(労働基準法24条1項本文)に反し、無効とするのが行政解釈です。

 他方、借り時間とは、ある清算期間における労働が総労働時間に充たない場合に、総労働時間分の賃金を支払っておいて、次の清算期間の総労働時間に不足労働時間を加算することをいいます。これは、不足時間の賃金が前払いさた上で、翌月に過払い分を相殺するだけであるから、調整的相殺の問題と同様に考えることができます。調整的相殺とは、労務管理4において詳しく述べましたが、概要は次のようなものです。賃金過払いがある場合に、過払額をその後の賃金支払期に差し引くことを調整的相殺と呼び、判例解釈により、その時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定を脅かす虞がない場合には、有効とされています(最判昭和44年12月18日)。賃金過払いは、支払時期より前に賃金が支払われたという意味では、労働者は賃金の全額の支払いを受けてはいるわけであり、賃金全額払いの原則には反しないとの考えです。
 したがって、借り時間は、原則として有効といえます。