Ⅰ 事案の概要
今回は、就業規則の不利益変更の有効性が争われた事案をご紹介したいと思います。
Y大学を設置するY学園は、昭和54年12月17日、専任教員の定年を70歳とする旨の教員定年規定を制定し、昭和55年4月1日から、これを施行しました。
Y学園は、平成21年1月15日の団体交渉において、Y大学教職員組合に対し、「専任教員の定年は、満67歳とする。」旨の提案をしました。その一方で、Y学園は平成21年11月頃、再雇用制度(以下、「本件再雇用制度」といいます。)を新設しました(平成23年4月1日から施行)。本件再雇用制度は、再雇用希望者の申請を受け、Y学園が再雇用者を審議・選考し、再雇用された後は原則として改正前の定年である満70歳まで雇用が継続し、定年前とほぼ同様の処遇が受けられるとするものでした。
Y学園は、平成22年4月1日から、専任教員の定年を70歳から67歳に改正した教員定年規程を施行しました(以下、「本件定年引下げ」といいます。)。
そこで、平成22年4月1日当時Y大学の教授の地位にあったXらが、定年を70歳までとする雇用契約上の権利を有する地位の確認などを求めて提訴したのが本件です。本件の主要な争点は、本件定年引下げの有効性でした。
Ⅱ 大阪地裁平成25年2月15日判決のポイント
(1)判断基準
本判決は、第四銀行事件(最二小判平成9年2月28日民集51巻2号705頁)を引用して、「就業規則の変更が有効であるといえるためには、①当該変更によって労働者が被る不利益の程度、②使用者側の変更の必要性の内容・程度、③変更後の就業規則の内容自体の相当性、④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、⑤労働組合等との交渉の経緯、⑥他の労働組合又は他の従業員の対応、⑦同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して、当該変更が合理的であるといえることが必要である」 との判断基準を示しました(①~⑦は筆者付記)。
(2)①~③の判断要素について
まず、①労働者の不利益について、「本件定年引き下げは、…在職継続による賃金支払への事実上の期待への違背、退職金の計算基礎の変更を伴うものであり、実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであるから、本件定年引き下げが有効であるといえるためには、…高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであることが必要」としました。そして、②使用者側の必要性については、「高齢の層に偏った教授らの年齢構成を是正するため、本件大学の教授の定年を引き下げることには、一定の必要性が認められるというべき」としました。さらに、③就業規則の内容の相当性について、「本件定年引き下げ後の新規程の内容自体は、相当なものである。」としました。
(3)④の判断要素について
④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況については、「本件再雇用制度が、…経過措置・代償措置として相当なものであるといえることが必要」とし、「本件再雇用制度は、再雇用される教授にとっては、代償措置として十分に機能することとなる」が、「再雇用されなかった教授は、特別専任教員又は客員教授として再雇用されなければ、新規程に基づく定年である満67歳の誕生日の属する年の年度末で雇用契約が終了することになるところ、特別専任教員又は客員教授としての再雇用は、本件定年引き下げ以前から存在する制度であるから、これらをもって、本件定年引き下げの代償措置と評価することはできない。」とし、それどころか、「本件再雇用制度と本件定年引き下げとを一体としてみると、…実質的には、旧規程の下で解雇の要件を満たしていなかった教授について、…満67歳で解雇することができるようにしたのと同様の機能を有して」いるとし、「解雇権濫用法理を潜脱する結果となりかねない制度になっている。」と評価しました。
また、その他の代償措置・経過措置について、在職者に対する適用除外、定年の段階的引下げ、あるいは割増退職金の支払いが、不可能ないし困難であったともいえないのにこれらの措置がとられていないことも考慮されています。
(4)結論
「本件定年引き下げは、使用者側の必要性と比較して、労働者側の被る不利益が大きく、これに対する代償措置等が十分に尽くされているとは認められない」から、⑤~⑦までの要素について判断することもなく、無効とされました。
Ⅲ 本判決から見る実務における留意事項~代償措置・経過措置の重要性
就業規則の変更には、原則として、意見聴取、労働基準監督署長への届出、周知の3つの手続が必要とされていますが、不利益変更のケースでは、これに加え内容の合理性が問題になります。本件でも、不利益変更の内容の合理性が争われました。
本判決は、本件再雇用制度の代償措置としての評価及びその他の不利益緩和措置の欠落が決め手となり、合理性が否定された点に特色があります。
私立大学の定年引下げの有効性が問題となった類似の事例の芝浦工業大学事件(東京高判平成17年3月30日労判897号)では、実施まで1年7カ月の猶予期間があること、7年かけて1歳ずつ段階的に引き下げが行われていること、退職金加給や早期退職者に対する新優遇制度が実施されていること、教職員再採用制度が退職後の雇用継続を補完する機能を有していることなどが考慮され、定年引下げの有効性が認められていることからすると、労働者の不利益をできるかぎり緩和するための代償措置・経過措置を講ずることの重要性が浮き彫りとなります。
実務においては、(本件のような定年引下げのケースに限らず)労働条件の不利益変更にあたり、不利益を緩和するための措置が十分に設けられている場合には、変更内容の合理性が認められやすくなりますが、代償措置や経過措置が不十分な場合には、変更の合理性が認められにくくなることに注意が必要です。労働者に大きな不利益を及ぼす就業規則の変更をする場合には、原則として代償措置や経過措置等が必要であり、これらを採らなくとも変更内容が相当であると認められるのは、経営が危機的状況にあるときなど極めて限定された場合であると考えておく必要があるでしょう。