先日、事務所近くの中華料理屋で昼食のチャーハンを食べつつ新聞を読んでいると、目に留まった記事がありました。記事の内容は、労働契約法改正案が閣議決定されたというものでした。追って、改正案は国会に提出され、法改正を目指すこととなるようです。
改正案では、「雇止め」の判例の積み重ねの法制度化や契約期間の有無による不合理な差別の禁止なども盛り込まれるようですが、読んだ記事の中で重点を置かれて取り上げられていたのは「有期雇用の労働契約が5年を超えて反復更新された場合、当該契約にかかる労働者が希望すれば、有期雇用契約は無期雇用契約に転換する。」という点でした。
この改正点については、ネットなどでも色々検討されているようですが、案通りの改正がなされれば有期雇用契約の法律関係に大きな変化をもたらすこととなります。今回の法改正がなされれば、有期雇用契約を用いるに際しどのような影響が生じうるのか、これは労使ともに関心事となると思われます。それを考える前に、まずは現在の有期雇用の労働契約の終了に関する法律関係がどうなっているかを知ることとしましょう。
まず、押さえておくべき大原則は、「期間の定めのある労働契約は、期間の満了に伴い終了する。」ということです。労働契約法17条1項も、有期の労働契約につき、期間途中での解雇についてはやむを得ない事由が必要な旨注記するのみです。
このことで、期間の定めのない労働契約者(正社員に代表される)に比して、期間の定めのある労働契約者の労働環境の方が安定性を欠くこととなっているのは確かです。期間の定めのない労働契約に対する解雇については、解雇権濫用の法理(客観的合理的理由と社会通念上の相当性…労働契約法16条)というものが判例を通じて構築され、解雇には厳しい制限がかかっているからです。
この双方の環境の違いについては、やむを得ない差異と言うべきものかもしれません。有期雇用については、使用者の側からは、繁閑期や景気変動に応じて会社に無理なく労働力を増減できる調整弁としての便利さがあるでしょう。また、労働者の側としても、変に解雇規制のない方が雇ってもらいやすかったりなど利点は考えられます。それに、契約期間内であれば、むしろ解雇はされにくいということもあります。対して無期雇用は、労使ともに終身雇用を前提としている場合が多いため、特に労働者の生活を守る趣旨から解雇に規制を及ぼしてきたのでしょう。
ただ、場合によっては、有期雇用の労働契約だからといって、当然のごとく満了に伴い契約終了とするのは不適切ではないかという考えが主張されるようになってきました。
現在、判例は、一定の要件を満たした有期雇用労働者について、解雇権濫用法理が類推適用されるとしています。先例としては、「東芝柳町工場事件」(最判昭和49年7月22日民集28巻5号927頁)があります。これら判例の積み重ねにより、有期雇用の労働契約においても契約打ち切りが問題となり得る場面、いわゆる「雇止め」の問題がピックアップされることとなりました。
ただ、誤解をしてはならないのは、「期間の定めのある労働契約は、期間の満了に伴い終了する。」点は、今でも原則として生き続けていると考えられることです。上記の判例も、労働者に求められる仕事の質・量、契約の反復更新による契約に対する労働者の期待や依存度、会社の言動や前例の状況など、諸々の点を慎重に勘案した上で、解雇権濫用法理を類推適用すべきとの結論を導いています。判例は特段原則の修正などは行なっておらず、例外的に考慮すべき場合、つまり有期雇用契約が無期雇用契約と同視でき得る場合の基準を示しただけと解したほうが、正確なのだと思います。
このように、現在でも、有期雇用の労働契約の原則論は、期間満了により契約は終了することであると考えられます。ここで冒頭に戻りますが、今回の法改正案が大きな変化をもたらすと考えられるのは、まさにこの原則に踏み込んでいるとみられるからです。
さて、労働契約法の改正案は、有期雇用を用いるにつきどのような影響を及ぼすこととなるでしょうか。
今回の改正点について端的に述べられている意見は、「5年を迎える前の期間満了時に契約を終了させるケースが増えるだけではないか。」というもののようです。まあ、そうだろうなと思います。
現実的な有期雇用の需要は、使用者側からは臨機応変に労働力の調整を図れること、労働者側からは責任や拘束の少ない仕事内容で手軽に雇用してもらえることにあると考えられます。そこにはどうしても、「切るべき時には切ることができる。」という前提がついて回るのではないでしょうか。良し悪しの議論は置いておいて。
有期雇用の利点が目減りしてしまうと、使用者側からは使い出のないものとなってしまいます。
しかし、有期雇用の労働者につき一切5年を超えて契約を続けることはありませんとするのも、不都合な点は多いでしょう。長期にわたり仕事をしてもらえれば、その分頼れる戦力となるでしょうし。それに実際のところ、有期雇用のうちどれだけが、正社員登用を望んでいるのでしょうか。家事育児や介護をしつつパート的な働き方をしたいと考えている労働者が、正社員登用を希望しているとは考えづらいです。
かかる人の見極めが、法改正後は求められることになりそうです。例えば、事前に「契約が5年を超えても私は無期雇用への転換を希望しません。」という誓約書を書いてもらうことなどが考えられます。あくまで予想で、実際にそのような方法を採れるかは改正後にならないとわかりませんが。ただ、その方法を行い得るとして、労働法の傾向から真に労働者の自由意思に基づくのであればかかる誓約書も有効となる可能性がありますが、同じく労働法の傾向や今回の法改正の趣旨から自由意思の認定は厳しくなるでしょう。注意は必要です。
労働契約法改正は、有期雇用の実務にどのような影響を及ぼすか、そんなことをぼんやりと考えた昼休みでした。昼食はおいしかったです。