1.はじめに

 他企業の労働者(「社外労働者」)を利用する方法としては、主に業務処理請負と労働者派遣があります。業務処理請負では請負企業が当該労働者に対する指揮命令権限を有するのに対し、労働者派遣では派遣先企業が指揮命令権限を有する点に両者の違いがあります。

 一般に、業務処理請負の場合、当該労働者の労働契約上の「使用者」は請負企業となり、労働者派遣の場合も、労働契約上の「使用者」は派遣元企業だけとなり(労働者派遣法2条1号参照)、注文企業・派遣先企業(「受入企業」)が「使用者」となることはありません。

 しかし、実務では、様々な理由から、社外労働者が受入企業との間の労働契約の成立を主張することがあります。

 この場合、両者の間で労働契約が成立したと認められる場合はあるのでしょうか。また、あるとすれば、それはどのような場合でしょうか。

 この問題に関して、近時、「偽装請負」(法形式的には業務処理請負であるが、その実態は労働者派遣であるケース)の事例に関して注目すべき最高裁判例(最判平成21年12月18日 パナソニックプラズマディスプレイ事件)が登場しましたので、以下でその概略を紹介します。

2.事案の概要

 Y社とP社は、プラズマディスプレイパネル(「PDP」)の生産業務委託契約を締結し、Pの期間労働者であるXは、Yの工場でYの指示を受けながらPDP製造業務に従事していた。

 Xは、自己の就業形態が偽装請負に当たり派遣法に違反するとして、地方労働局に申告する他、Yに対し直接雇用を申し入れた。労働局から指導を受けたPはYとの間の業務請負を中止した。それに伴い、XもYに直接雇用してもらうべく、Pを退社した。しかし、YはXに対し、6か月間の有期労働契約を提案しただけであり、しかも、当該期間の満了をもって労働契約を終了する旨通知した。

 そこで、Xは、Yとの間で黙示の労働契約が成立したと主張して、訴訟を提起した。原審が、X・Y間の黙示の労働契約の成立を認めたため、Yが上告。

3.裁判所の判断の要旨(X・Y間の黙示の労働契約の成否の部分)

 原判決一部破棄・自判。X・Y間の黙示の労働契約の成立を否定した。

 請負人が労働者に指揮命令をせず、注文者が具体的指揮命令を行っているために請負契約と評価できない場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3者間の関係は、派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきであり、労働者派遣である以上は、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はない。

 その上で、仮に派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはなく、本件でX及びP間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから、両者の労働契約は有効に存在していた。

 他方、X及びY間の法律関係については、YはPによる労働者の採用に関与しておらず、PのXに対する支給賃金額を事実上決定していたといえる事情もないこと、Pが配置を含むXの具体的就業態様を一定程度決定していたこと等の事情を総合すると、X及びY間に雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない。

4.検討

(1) 従前の裁判例の考え方(黙示的労働契約論)

 労働契約法6条によれば、労働契約が成立するためには、「労働者が使用者に使用されて労働し」、「使用者がこれに対して賃金を支払う」ことについて、労働者と使用者の間で明示又は黙示の合意することが必要となります。

 このことから、従前の裁判例は、社外労働者と受入企業との間に黙示の労働契約が成立するためには、①受入企業と労働者の間に指揮監督等の使用従属関係が存在することに加えて、②受入企業が労働者の採用を実質的に決定していること、③請負企業・派遣元企業が企業としての独立性を欠き形式的・名目的な存在であること、④受入企業が当該労働者の賃金額その他の労働条件を決定していること等が必要であると解していました。

 このような考え方によると、黙示の労働契約の成立が肯定されうるのは、請負企業・派遣元企業が企業としての実体を欠き、受入企業の採用・賃金支払の代行をしているにすぎない場合等に限られることになります。実際、裁判例を見ても、受入企業と社外労働者の黙示の労働契約の成立を認めたものもいくつか存在しますが、多くは、黙示の労働契約の成立に対して消極的な立場をとっています。

(2) 偽装請負の場合、従前の判断基準とは異なる基準によるべきか

 もっとも、上記判例は偽装請負の事案である点で従前の裁判例と異なる側面があるため、上記(1)で述べた基準がこの場合にも妥当するのか問題となります。

 この点について、上記判例の原審は、違法な労働者派遣は職業安定法の禁止する労働者供給(同法4条6項、44条)となり強度の違法性を帯びるから、P・Y間、X・P間の契約は、公序良俗に違反するものとして無効であるとした上で、YとXの間の実質的な使用従属関係、賃金支払関係の点を重視して、X・Y間の労働契約の成立を認めました。

 しかし、最高裁は、請負契約と評価できない場合は労働者派遣であって、たとえ違法であっても、労働者派遣である以上、職安法にいう労働者供給には当たらず、X・P間の契約は無効にならないと判断しました。

 このことから、仮に偽装請負に当たる事実があっても、それだけで直ちに従前の裁判例が提示した基準と異なる基準が採用されるわけではないことが確認されたと言えます。黙示の労働契約の成立について慎重な立場を取る裁判例の流れに、最高裁も乗ったと見てよいでしょう(偽装請負という脱法手段を追認したわけではありません)。

(3) 上記判例を踏まえた上での教訓

 以上より、この問題を考えるに当たっては、偽装請負か否かということよりも、従前の裁判例や上記判例で示された判断要素に該当する事実があるか否かということの方がはるかに重要と言えます。

 上記判例の考え方を前提にすると、例えば、派遣先が派遣元における派遣労働者の採用に実質的に関与し、労働者の能力等の個性に着目した上で労務の提供を受け、それに対する評価によって賃金額等を事実上決定している事実が認められる場合には、派遣先企業と派遣労働者の間で黙示的な労働契約が成立したと判断される可能性があると考えられます。

 ただし、この場合にも、派遣元企業の実体・活動をいかに考慮すべきかという問題は残されており、この点については、今後の判例の集積を待つ必要があります。