企業にとって、営業機密やノウハウが漏れたり、顧客情報が流出するのは、死活問題となることもあります。これは、デジタルな方法で漏れる場合も多々ありますが、アナログな方法で漏れる場合もあります。企業の従業員等が、企業内で得たノウハウや顧客情報をもとに、競合する事業に携わる場合です。同業他社を立ち上げる場合もあるでしょうし、同業他社に就職する場合もあるでしょう。いずれにしても、企業にとってこれは避けたい事態です。

 株式会社の在任中の取締役については、競業避止義務が法律上定められています(会社法356条1項1号、423条2項)。

 これに対し、一般従業員については、明文で競業避止義務が定められているわけではありません。ただ、一般従業員であっても、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える付随的な義務はあります。

 退職後は、取締役も一般従業員も、基本的には、「職業選択の自由」(憲法22条1項)があるため、競業行為をするのも自由です。しかし、競業により企業の営業が脅かされるのは、在職中も退職後も同じこと。したがって、退職後に競業行為をすることを予防したいのであれば、就業規則や労働契約上の特約で、競業避止義務を定めておく必要があります。

 では、どのような就業規則や特約を定めればよいか。あまり厳しすぎるのも、職業選択の自由が奪われてしまいます。

 基本的には、競業避止義務を負わせる期間は退職後何年にもわたってもよいわけではないし、場所も無限定ではいけません。競業避止義務を課す代わりの代償措置が必要とも考えられています。

 競業行為のペナルティとしては、退職金減額・没収、損害賠償請求、競業行為の差し止め請求などが考えられます。

 具体的に、どのくらいの期間、どのくらいの場所での競業避止義務なら職業活動の自由と抵触しないかというと、明文はないし、判例も様々な事情を考慮して総合的に判断しているので、明確な基準はなく、過不足のないものを定めるのは難しそうです。

 ここで、もし、就業規則や特約で競業避止義務を定めなければ、競業によってどの程度の危険性があるかについて考えてみます。参考になるのが平成22年3月25日最高裁判決です。

 この判例の事案は、簡単に言うと、X社を退職した一般従業員YらがX社と同種の事業を始め、Xの取引先A等からの仕事を継続的に受注することになったというものです。特徴は、X社には、競業避止義務を定めた就業規則も、労働契約の特則もなかったことです。X社はYらに対し、不法行為等に基づく損害賠償請求をしました。

 判決は、「YらがX社の営業秘密に係る情報を用いたり、Xの信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。」また、もともとX社はAらに対する営業が消極的だったことなどから「Yらが競業をすることで、XとA等との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情は伺われず…」などとして、「社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず、Xに対する不法行為に当たらない。」としました。

 これはつまり、「営業秘密に係る情報を用いたり、信用をおとしめたりする」「競業によって自由な取引が阻害された」などのレベルに至っていれば、不法行為に該当するが、そのレベルに至っていなければ、不法行為に該当しないことになるということです。

 そうなると、元従業員が退職後に、比較的自由に競業行為をすることができることになってしまいます。

 しかし、上記のようなレベルに至らない場合でも、競業によって実際に損害が生じることもあるはずです。

 たしかに、あまりに厳しい(期間制限なし、場所制限なし等)競業避止義務規定は職業選択の自由を害するので許されないと、裁判所が判断する可能性はあります。そこで、退職後2年程度、場所も限定的にして(自社の営業エリアなど)、代償措置を設けて(従業員の待遇をよくしておくなど)、退職者の競業避止義務を就業規則等に明文化しておき、防衛を図っておくのがよいと考えられます。