先日、東京地方裁判所に向かう途中、霞が関駅構内で、堂島ロールが販売されているのを見つけました。堂島ロールといえば、大阪の堂島に本店を置く「モンシュシュ」という会社が売り出している、生クリームたっぷりのロールケーキのことです。東京では、銀座三越の地下でも購入できますが、いつも長い長い行列が出来ており、霞が関の駅構内という場所柄に目を惹かれました(ちなみに、後で調べたところ、霞が関の堂島ロールは、堂島ロールのレシピを考案したシェフが独立してオープンした、アンセノンヌーボーというお店のもので、見た目も味も似ていました。)
さて、そんなモンシュシュ社は、2010年1月に、老舗洋菓子メーカーであるゴンチャロフ製菓(神戸市灘区)から商標権侵害を理由に、「モンシュシュ」の名称使用の差し止めと損害賠償を求める訴えを起こされました。ゴンチャロフ製菓は、昭和56年に「モンシュシュ」を商標登録し、この名前を付けたチョコレートを販売していたのです。昨年6月に出された地裁判決では、モンシュシュ社に、包装紙や看板、ウェブ広告などで標章使用を禁止するとともに、約3500万円を支払うように命じています(その後、モンシュシュ社は控訴しています。)。
また、最近のニュースでは、「iPad」の商標権を主張している中国のIT企業が、アップル社に対して、中国国内での販売差し止めを求めた裁判が記憶に新しいと思います。
企業にとって、商品名はブランド戦略の出発点であり重要です。空前のヒット商品となった「ごきぶりホイホイ」は当初「ゴキブラー」で販売する予定でした。商品名などの名称ひとつで売り上げが大きく変わり、企業努力によって、商品やサービスが認められるようになると、商品名そのものに良いイメージが付着するようになり、ブランド力が上がるため、商品名を保護する必要があります。そこで、商標登録というシステムがあります。
商標の概念は、「文字、図形、記号、立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」です(商標法2条柱書)。商品名などの文字が代表的なものであり、先述の「ごきぶりホイホイ」が該当します。図形では、NTTのマークやトヨタ自動車のマークが思い当ります。また、立体的形状でもよく、不二家のペコちゃん人形も商標登録されています。
もっとも、商標では、名称そのものを抽象的に登録することはできません。商標を出願・登録する際には、その商標をどのような商品若しくはサービスに使用するのか、対象を明示する必要があります。そして、商標権は、明示した対象の範囲内において、その効力が認められることになります。例えば、「トップ」という商標を登録している企業は55社にも上りますが(平成24年3月現在)、同じ「トップ」という商標でも、商品やサービスの対象範囲が違うため、権利として重複せずにそれぞれ認められることになるのです。
さらに、どのような商標でも出願すれば登録されるというわけではありません。商標は、自分の商品と他人の商品を区別するために利用されるものである以上、商標登録には、他の商品等と識別が可能な「特徴的なもの」(「識別力」といいます。)でなければならないという条件があります(商標法3条1項)。例えば、商品の産地や原材料は識別力がなく、商標登録は認められていません(同条3号)。例えば、サントリーが発売した「はちみつレモン」という清涼飲料は、大ヒット商品となり、1989年の流行語にも選ばれましたが、商品の原材料である「はちみつ」と「レモン」を組み合わせたネーミングに過ぎないため、商標登録を拒まれました。その結果、100社以上が「はちみつレモン」を意味するネーミングを使って清涼飲料を販売するという乱戦となりました。
もっとも、識別力があるか否かは、商品やサービスとの関係で決まります。ですから、ジュースの商品名で「Peach」を登録することはできませんが、航空会社の名前としてならば登録できるのです。ちなみに、サントリーの「はちみつレモン」は、平成11年に販売を中止しましたが、昨年10月に復活しています。当時の乱戦に思いを馳せ、飲んでみたいものです。
商標権と同じ知的財産権の一つである特許権には期間制限がありますが、商標登録の有効期限は半永久的です。商標は長く使われれば使われるほど、そのブランド力が増加し、目印として機能するのですから、商標権を永久に存続させることは、消費者にとっても望ましいことです。もっとも、使わなくなった商標がいつまでも登録されているのを避けるために、登録から10年で更新手続きを採らなければならないことになっています。更新手続きの回数制限は設けられていないので、手続きさえ怠らなければ、永久に商標権を持ち続けることができるのです。
商標権の永久性を考慮すると、ブランド力を得ることができれば、特許権よりも財産的な価値は高いかもしれません。