こんにちは。
 以前、長時間労働と精神疾患等の関係についてご説明させていただきましたが、今回は、具体的な事案として長時間労働等と脳出血発症の関係を判断した事例をご紹介いたします。

1.事案の概要(東京地裁平成25年2月28日判決)

 本件は、A社に勤務していたXが、平成21年6月19日に脳内出血を発症して死亡した事案です。

 Xは、平成20年11月から開始された新システム導入にかかるプロジェクト(以下、「導入プロジェクト」といいます。)の一員として、平成21年4月末から5月初めには休日出勤をし、作業に従事しました。これと並行し、Xは、平成21年5月からZ社とシステムを統合するプロジェクト(以下、「統合プロジェクト」といいます。)に従事しました。また、統合プロジェクトのためにZ社の沼津工場へ出張し、その際、片道170キロの道のりをX一人が往復して運転しました。

 結果として、Xは、発症前1か月間に72時間15分、同2か月間から4ヶ月間において1か月あたり65時間以上の時間外労働を行いました。また、終業時刻が午後10時を超える深夜勤務については、発症前6ヶ月目は3日間、5カ月目は3日間、4ヶ月目は1日間、3カ月目は7日間、2カ月目は6日間、1か月目は6日間に及んでいました。

2.判決

 裁判所は、以下のように、①長時間労働、②プロジェクトの性質、③出張の負担、④深夜勤務についてそれぞれ判断したうえで、総合し、脳出血発症の業務起因性を認めました。

① 長時間労働について

「最新の医学的知見に基づく専門検討会報告書において、業務と発症との関連性が強いとされる発症前一か月間に概ね一〇〇時間、発症前二か月間ないし六か月間にわたって一か月当たり概ね八〇時間を超える時間外労働までは認められないものの、これを超えて時間外労働時間が長くなるほど業務と発症との関連性が徐々に強まるとされる発症前一か月間ないし六か月間にわたって一か月当たり概ね四五時間を超える時間外労働については発症前一か月間ないし四か月間において少なくとも二〇時間以上は超えており、被災者の実労働時間が本件把握方法により算定される労働時間に加え、発症前一か月間においては平成二一年六月一四日及び同月六日の各数時間、また、全期間を通じて、終業時刻後に十数分から数十分程度を加算した時間であると認められることをも考慮すれば、被災者の時間外労働は相当に長時間に及んでいたものということができる。」

② プロジェクトの性質

「これらのプロジェクト(導入プロジェクト及び統合プロジェクト)におけるチームのリーダーは、同僚ではあるものの、同人には分からず、Xにしか分からない部分もあることから、Xも主体的に関与することが求められていたものと認められ、また、これらのプロジェクトは、日常業務にはない負担であるのみならず、将来にわたるシステムの構築に関わる本件会社にとって重要な業務であり、システムの導入予定時期という期限の定めもあることから、相応の精神的緊張を伴う業務であったものと認められる。」

③ 出張の負担

「本件沼津出張において、いずれも所定労働時間内は業務に従事した後に、上司を含む同僚を乗せた社用車の運転を片道約一七〇kmという長距離かつ不慣れな道について夜間にわたって往復とも一人で担当したことが認められ、往復とも途中で夕食を含む休憩をとっていることやXが毎日の通勤に自動車を用いていたことを考慮しても、相当程度の肉体的負担・精神的負担があったものと認められる。」

④ 深夜勤務

「Xの深夜に及ぶ勤務は、業務の性質に由来するものについては一定程度予測可能性があったとはいえるものの、日常業務とは異なる新システム導入プロジェクトに従事したこと等の影響もあって発症前三か月間に明らかな増加傾向にあったものと認められ、このような深夜に及ぶ勤務が少なからず睡眠-覚醒のリズムを障害し、生活リズムの悪化をもたらしたものと認められる。」

3.脳出血の業務起因性

 脳出血が業務に起因するものかの判断の一つとして、以前「長時間労働と精神疾患について②」においてご紹介した長時間労働の時間数(精神疾患と脳出血の時間数の基準は異なります)が挙げられますが、本件のように、上記2①において裁判所が判断しているように、基準の時間数に満たない場合であっても、その他の事情を総合的に判断した上で、業務起因性があると認められる可能性があります。

 そのため、一つの判断基準として労働時間数というのは明確ではありますが、労働者の管理に当たっては、労働時間数のみならず、仕事の性質や時間帯等にも注意を払うべきと考えられます。

弁護士 中村 圭佑