皆様こんにちは。弁護士の菊田です。
 今回は、前回に引き続き、国際裁判管轄のお話です。前回紹介した「特段の事情」につき、過去の裁判例がどのような判断をしてきたのか、というのを一部紹介したいと思います。

①「特段の事情」を肯定した例

 最高裁第3小法廷平成9年11月11日判決

事案の概要

 ドイツに居住していたX(上告会社)は、Y(被上告人)との間で、ドイツ国内で、XがYに欧州各地からの自動車の買い付け、預託金の管理、代金の支払、車両の引取り及び船積み、市場情報の収集等の業務を委託することを内容とする契約を締結しました。そして、XはYに対して、この契約に基づく自動車の買い付けのための資金を送金しました。
 その後、XはYに対して上記資金の返還を請求しましたが、Yはこれを拒絶しました。そこで、Xは、その本店所在地が右預託金返還債務の義務履行地であるとして、上記資金の残金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める本件訴訟を千葉地方裁判所に提起しました。

裁判所の判断

「前記事実関係によれば、本件契約は、ドイツ連邦共和国内で締結され、被上告人に同国内における種々の業務を委託することを目的とするものであり、本件契約において我が国内の地を債務の履行場所とすること又は準拠法を日本法とすることが明示的に合意されていたわけではないから、本件契約上の債務の履行を求める訴えが我が国の裁判所に提起されることは、被上告人の予測の範囲を超えるものといわざるを得ない。また、被上告人は、二〇年以上にわたり、ドイツ連邦共和国内に生活上及び営業上の本拠を置いており被上告人が同国内の業者から自動車を買い付け、その代金を支払った経緯に関する書類など被上告人の防御のための証拠方法も、同国内に集中している。他方、上告会社は同国から自動車等を輸入していた業者であるから、同国の裁判所に訴訟を提起させることが上告会社に過大な負担を課することになるともいえない。右の事情を考慮すれば、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを被上告人に強いることは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反するものというべきであり、本件契約の効力についての準拠法が日本法であるか否かにかかわらず、本件については、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるということができる。」

 として、日本国内における裁判管轄を否定しました。

 この事件は、事件と日本との関係が、Xの本店が日本にあるというくらいしかない事案でした。このような事件が日本で審理されても、Yにとっては負担が大きい上に、証拠もドイツ国内に集中していることから、日本で審理を行う理由や必要性にも乏しい、という特徴を有していました。また、Xがドイツからの自動車輸入業を営んでおり、ドイツでの訴訟追行が過大な負担とはいえない、と判断している点にも注目すべきかもしれません。

②「特段の事情」を否定した例

 東京地方裁判所平成元年3月27日判決

事案の概要

 Xは、アメリカ合衆国州法に基づいて設立され、同国内に営業の本拠を置く会社Yの100%出資の子会社として日本国内に設立された会社Aで従業員として勤務していたところ、解雇されました。Xは、Aの閉鎖は組合つぶしを目的とした偽装解散で、解雇は不法行為を構成すると主張して、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起したという事案です。

裁判所の判断

「Yが日本国内に営業所や支店を有していないという事実からすると、Yが、わが国の裁判所において訴訟活動を行うについてある程度の支障があることは予測できるところではある。しかし、・・・本件の最大の争点は、Aの閉鎖が専ら組合つぶしを目的とした偽装のものであるか否かであると解されるところ、この争点に関する主要な証拠方法も、Xらの損害についての証拠方法も、争点の性質上Xらの住所及びAの本店の所在地である日本国内にあると推認でき、また、前認定のYが世界的な規模の企業であって、日本にも清算中とはいえ子会社を有していることからすると、Yが日本において代理人を選任し適切な訴訟活動を行うことは十分に可能であると考えられるから、右事実は未だ右の特段の事情にあたるとはいえない。」

 として、日本国内に管轄があることを認めました。

 この事件においては、Yは、日本国内に営業所や支店を有していませんでしたが、証拠方法のほとんどが日本にあると考えられること、Yが世界的な企業であり日本国内における訴訟活動も可能と考えられることから、日本国内に管轄があることを認めました。

 以上をみると、裁判所は、証拠方法がどこにあるのか、という点を重要視しているように思います。また、相手が世界的な企業であり、日本と何らかの関係があれば、例え営業所や支店を有しておらずとも、日本国内での訴訟追行も可能であるという判断につながりうるようです。そのため、管轄が日本にあるのか?という疑問を持たれた場合には、証拠方法の所在、特に証人がどこにいるのかという点や、相手方が日本に拠点等を有するか、といった点が注目すべきポイントになるのかと思います。