皆様こんにちは。弁護士の菊田です。

 今回は、前回お伝えした通り、管轄合意についての最高裁判決につき検討してみようと思います。その判決が、以下に紹介する、最高裁判所平成50年11月28日第3小法廷判決です。

 事案の概要は、以下のとおりです。

 日本の輸入業者であるA社は、ブラジルの輸出業者であるB社から、原糖を買い受けました。B社は、この原糖の輸送を、オランダに本店を持つY社に任せました。しかし、Y社はこの原糖を輸送する際に、船舶の整備に不備があり、原糖の多数の袋に海水漏れを生じさせてしまい、A社に対して損害賠償債務を負うことになりました。そして、保険会社であり、A社との間で積荷海上保険契約を締結していたX社は、A社に対して保険金を支払い、A社のY社に対する損害賠償請求権を代位取得しました。そこで、X社は、Y社に対して、神戸地方裁判所において、損害賠償を求める訴訟を提起しました。

 ここで問題となったのが、Y社がB社に対して発行し、A社に対して交付された船荷証券の記載です。なお、船荷証券とは、運送会社から荷送人に対して発行された後、荷受人に交付されるもので、このことによって荷送人の運送会社に対する債権は荷受人に移転し、それに伴い、荷送人の運送会社に対する債権に関して船荷証券に記載された内容は、荷受人にも効力が及びます。そのため、B社に対して発行され、船荷証券の効力は、A社にもおよび、さらにA社のY社に対する損害賠償債権を代位取得したX社にも及ぶことになります。

 この船荷証券には、「この運送契約による一切の訴は、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、あるいは自ら任意にその裁判所の管轄権に服さないならば、その他のいかなる訴に関しても、他の裁判所は管轄権を持つことができないものとする。」旨の約款が存在していました。

 そこで、Y社は、本件について神戸地方裁判所には管轄がないと主張しました。ここでの争点は、①管轄合意は、民訴法の規定によれば「書面」による必要があるところ、船荷証券にはB社の署名がなく、署名のない「書面」であっても管轄合意として有効か、②アムステルダムにおける裁判所以外での訴訟を認めない合意は有効か、という点です。他にも争点は存在していましたが、今回は割愛し、次回また紹介しようと思います。

上記の争点につき、裁判所は、以下のように判断しました。

争点①について

「国際民訴法上の管轄の合意の方式については成文法規が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参しやくしつつ条理に従つてこれを決すべきであるところ、同条の法意が当事者の意思の明確を期するためのものにほかならず、また諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷証券に荷送人の署名を必要としないものが多いこと、及び迅速を要する渉外的取引の安全を顧慮するときは、国際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りると解するのが相当であり、その申込と承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。」

 と判断しました。つまりは、①当事者の一方が書面を作成していること、②その書面に特定の国の裁判所が明示的に指定されていること、③当事者間における合意の存在と内容が明白であることが必要であり、必ずしも当事者双方の署名は必要ない、と判断しました。

 書面を要求する趣旨が当事者間の意思を明確にすることにあるから、それさえ満たしていれば足りるという考えが根底にはあるようです。日本人の感覚だと、書面には署名捺印をするのが常識であり、署名がないなら当事者の意思が明確になっているとはいえないと思われる方も多いとは思います。しかし、裁判所は、船荷証券には荷送人の署名を要しないものが多いという国際的な慣行に配慮し、署名がなくとも当事者間の意思が明確な場合はある、というように判断しました。また、国際取引には迅速性が要求され、署名を要求していては取引の迅速性が保たれない、という側面への配慮もあるようです。

争点②について

「ある訴訟事件についてのわが国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第一審の管轄裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、(イ) 当該事件がわが国の裁判権に専属的に服するものではなく、(ロ) 指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、の二個の要件をみたす限り、わが国の国際民訴法上、原則として有効である(大審院大正五年(オ)第四七三号同年一〇月一八日判決・民録二二輯一九一六頁参照)。」

 つまり、アムステルダムにおける裁判所以外での訴訟を認めない旨の合意であっても、(イ)その事件が日本の裁判所でのみ管轄を認めるべき事件でなく(このように、日本の裁判所でのみ管轄を認めるべきことを専属管轄に属すると表現します。)、(ロ)アムステルダムの裁判所がその事件につき管轄を有していれば、合意は有効であると判断しました。

 この判断からは、合意管轄自体がそもそも契約当事者の意思を尊重しようという趣旨であることから、管轄合意もできる限り有効なものとして扱おうという姿勢が根底にあると思われます。上記の要件は、当事者間の意思を尊重しては不都合が生じるケースを想定したものです。(イ)については、日本の専属管轄に属する事件は、日本の公益にかかわるものと考えられるケースが多く、これを他の国の裁判所の判断に任せるわけにはいかないという趣旨と考えられます。(ロ)については、合意された裁判所に管轄がないのに合意が有効とされてしまうと、当事者はどこの国の裁判所であっても裁判を受けることができなくなってしまい、紛争解決が図れなくなってしまうことを防ぐ趣旨と考えられます。

 以上のように、国際裁判管轄に関する管轄合意は、裁判における影響が大きいにもかかわらず、決して厳しい要件が課されているわけではなく、この最高裁判決でも、管轄合意は有効と判断されました。しかし、今回のケースについてみると、オランダと関わりがあるといえるのはY社と直接運送契約を締結したB社であり、A社やX社はオランダと関わりがあるとはいえません。このようなケースで日本に管轄がないと判断してしまうのは酷である、という考えもありうるとは思います。そのような点も考慮したのか、裁判所は、不合理な管轄合意について争う余地を残しました。次回は、そのような不合理な管轄合意を争う余地について説明したいと思います。