皆様こんにちは。弁護士の菊田です。
今回は、前回に引き続き、国際裁判管轄のお話をさせて頂こうと思います。
前回お話ししたように、今まで、国際裁判管轄につき、日本の国内法には明文規定がありませんでした。
(前回の記事はこちら:国際裁判管轄①)
では、裁判所は、どのようにして国際裁判管轄の有無を判断していたのでしょうか。
その先例となったのが、マレーシア航空事件といわれる事件(最高裁昭和56年10月16日第二小法廷判決・民集35巻7号1224頁)です。
この事件の概要は以下のとおりです。
マレーシア航空機がマレーシア領域内で墜落して、乗員乗客が死亡するという事故が発生したため、その死亡した日本人乗客(A)の妻子ら(X)が、マレーシア航空(Y)に対し、旅客運送契約(区間はマレーシア国内)の債務不履行を理由として、日本国内の裁判所において損害賠償請求訴訟を提起しました。
Yは、マレーシアの国内法に基づき設立され、同国内に本店をおく外国会社であるものの、東京に登記した営業所を持ち、代表者を置いていました。しかし、Aは、マレーシアにおいて航空券を購入しており、東京の営業所は航空券の購入に関係していませんでした。そこで、Yは、本件は何ら日本の営業所の業務とは関係がなく、本件の管轄は日本の裁判所には認められないと主張しました。
このような事情の中、最高裁は
「国際裁判管轄を直接規定する法規もなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決定するのが相当であり、わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定、たとえば、被告の居所(民訴法二条)、法人その他の団体の事務所又は営業所(同四条)、義務履行地(同五条)、被告の財産所在地(同八条)、不法行為地(同一五条)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである。」
という一般論を述べた上で、
「原審の適法に確定したところによれば、Yは、マレーシア連邦会社法に準拠して設立され、同連邦国内に本店を有する会社であるが、Bを日本における代表者と定め、東京都港区新橋三丁目三番九号に営業所を有するというのであるから、たとえYが外国に本店を有する外国法人であつても、Yをわが国の裁判権に服させるのが相当である。」
として、日本の裁判所に管轄があることを認めました。
このように、裁判所は、マレーシア航空が日本国内に営業所を有していることを理由に、本件の管轄が日本の裁判所にあることを認めました。
しかし、このように形式的判断を一貫すると、適正な裁判が行われない可能性が出てきます。例えば、このマレーシア航空事件でも、事件自体と日本の関係は、被害者及びその遺族が日本人であるという点と、マレーシア航空の営業所が日本にあるという点しかありません。こうなると、例えば関係者の尋問を行おうと思っても、わざわざマレーシアから出向いてもらう必要があって、コストや労力がかかってしまいます。また、そもそも、マレーシア国内の事件なのだから、マレーシアの裁判所で判断されるべきだという考えも十分成り立ちます。
そこで、これ以降、各地の裁判所では、上記の一般論に、「ただし、特段の事情のない限り」という旨の文言を付け加えた上で、国際裁判管轄を判断するケースが増加しました。
このような流れの中、最高裁も、最高裁平成9年11月11日第三小法廷判決・民集51巻10号4055頁において、
「我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。」
として、特段の事情がある場合には、国際裁判管轄を否定するという基準を用いることを、明言しました。この考えが、平成24年4月1日施行予定の、民事訴訟法第3条の9(特別の事情による訴えの却下)という条文が作られるもとになったと思われます。
このようにして、裁判所は、個々の具体的なケースに応じて、国際裁判管轄を日本で認めるべきか否か、という判断をするようになりました。もっとも、このように判断すると、当事者にとってはどこの裁判所で訴訟提起されるか予測がたちにくく、訴訟の準備等がし辛くなる、というデメリットがあります。
そこで、次回は、国際裁判管轄について、どのような判断がされるか少しでも予測できるように、過去の事例をいくつか紹介したいと思います。