「パワハラ」という言葉は、一般的には、職権などのパワーを背景にした職場におけるいじめであって、上司が部下に対して行うもの、と認識されていると思われます。
今回のブログでは、逆に、部下が上司に対して行ったいじめにより上司が自殺してしまったという裁判例をご紹介します。
本件における被害者Xは、ある会社の給食事業部において、社員食堂におけるメニューの作成や食品安全衛生管理などを行う料理長でした。Xの部下であるYは、処遇に不満をもち、会社のグループ企業であり重要取引先でもある会社の労働組合に、Xを誹謗中傷するビラを持ちこみました。そして、その結果、社内調査がなされ、Xは、懲戒処分こそ受けなかったものの、始末書の提出を命じられ、兼務していた社員食堂の店長をクビになってしまいました。さらに、その翌年、Yは、再び中傷ビラを当該会社の上層部に送付し、さらに、Xの家族に危害を加えるかのような言動を示しました。ビラの配布により、重要取引先との関係が悪化したため、Xは、再び事情聴取を受け、30年勤務した部署から配置転換されました。その結果、Xはうつ病を発症し、配置転換の直後、自殺しました。
そのため、Xの遺族は、Xの自殺は業務に起因するものであるとして労災申請しましたが、不支給の処分を受けたため、これを不服として行政訴訟を起こしました。
このような労災認定の結果を争うパワハラ裁判では、業務上の心理的負荷とうつ病発症と自殺との業務起因性が認められるかどうかが争点となり、その判断において、まず問題となるのは、業務による心理的負荷の強度の評価です。
業務による心理的負荷の強度は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害等にかかる業務上外の判断指針」の「職場における心理的負荷評価表」を参考にして判断されますが、この事件当時の判断指針によれば、Xの主なストレス要因であった部下とのトラブルや顧客とのトラブルについては、心理的負荷の程度が一番低いランク(強度Ⅰ)とされていたため、そのままでは業務起因性が認められなくなってしまうおそれがありました。
そのため、裁判所は、事件の内容等を考慮して、個々の出来事による心理的負荷の強度を事案に応じて修正するとともに、個々の出来事を総合的に評価して負荷の程度を強いものと評価することにより、心理的負荷とうつ病発症と自殺との相当因果関係を肯定し、不支給処分を取り消すとの結論を導き出しました(東京地裁 平成21年5月20日判決)。
なお、平成21年4月、この心理的負荷評価表は見直しがなされ、「ひどい嫌がらせ、いじめ又は暴行を受けた」(強度Ⅲ)が追加されたほか、「部下とのトラブルがあった」は強度Ⅰから強度Ⅱに、「顧客とのトラブルがあった」は「顧客や取引先からクレームを受けた」との表現に変更して強度Ⅰから強度Ⅱに改正されました。
弁護士 堀真知子