企業の収支が悪化したときには、財政状況を立て直すため経費の削減が求められることとなります。その際、削減すべき経費項目として、しばしば人件費が対象となります。しかし、人件費の削減は容易に行えるものではありません。

 人件費を削減する方法としては、給料の減額と人員削減が考えられます。しかし、どちらも雇用と報酬という労働者の権利に真っ向から切り込むこととなるため、無条件では行えません。

 まず、給料減額ですが、最初は労働者の同意を取り付けることができるかが問題となります。この場合の「同意」ですが、賃金請求権の重要性から、同意は自由意思に基づく明確なものであることが必要と考えられています。説得を行う程度ならともかく、威圧的に接することで労働者に「賃下げに同意する。」と言わせても、自由意思には基づかないとして同意は無効とされる可能性があります。特に、黙示の同意を主張する場合には、裁判所も簡単に有効性を認めない傾向にあるようです。

 労働者の同意を得られない場合には、就業規則の変更により労働者の給料を減額することになります。労働者の同意を取り付けず、一方的に給料の減額を行う場合には、就業規則の不利益変更の問題が出て来ます。減額の程度及び労働者の他の労働条件の改善の有無、減額を必要とする使用者側の必要性、労働者側との折衝の経緯や労働者が変更をどの程度受容しているかなどで、変更に合理性が認められるか否かが判断されることとなります。その結果、変更に合理性が認められないとなれば、使用者が一方的に給料減額を決めたとしても、労働者を拘束することはできません。

 次に、人員削減ですが、法律上解雇については、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められなければ行えないこととされています(労働契約法16条)。判例上確立されてきた解雇権濫用法理が、立法上明文化されています。そして、解雇の中でももっぱら経営上の理由により一方的に雇用を奪われることとなる整理解雇については、独特の要件の下で解雇の有効性が判断されるとの考え方が確立しています。即ち、①人員削減の必要性、②解雇回避の努力、③人員選択の合理性、④協議等手続の妥当性、の四つの事情から整理解雇が解雇権濫用とならないか判断するとの考え方です。このため、経費削減の一環として人員削減を行おうとしても、整理解雇が有効とされる場合は限定されることとなります。

 以上のように、経営状況が厳しいと言っても、人件費の削減を行うことは困難な場合が多いです。実行に時間を要する従業員の人件費削減より、手を付けやすい役員報酬の減額などを先に行うことが求められる場合も考えられます。経営再建のため人件費を削減する場合、削減を決断する経営者にもそれなりの犠牲が求められると言えるかもしれません。