今回のみずほ銀行のシステムトラブルの例でも明らかな通り、情報システムと私達の生活や経済活動は密接に結びついており、信頼性の高いシステムを構築することは非常に重要な課題です。

 しかし、システム開発という作業自体の特殊性や、契約締結前に作業に着手してしまうという業界の商慣行のため、システム開発に関する取引においては、取引の内容に適合した契約が結ばれず、システム開発や導入に関するトラブルはなかなか減らないように思われます。

 まず、システム開発という作業の特殊性の一つとしては、契約締結時には、まだ、成果物であるシステムの仕様が確定していないということがあげられます。

 そのため、業務範囲を確定できないまま契約を締結しなければならない、契約締結後に作業内容等の変更が生じてしまう、完成基準について曖昧になりやすい等の問題が生じます。

 また、システム開発においては、ユーザとベンダの協力作業が不可欠であるということも作業の特殊性の一つです。

 ユーザは、とりあえずどのようなシステムを作りたいかを最初にベンダに伝えておけば、あとはベンダに任せておいても、納期に希望通りのシステムが出来上がる、と考えがちです。しかし、システム開発では、ベンダとユーザが、仕様の確定、データの準備、テストへの協力等、システム完成まで継続的にコミュニケーションをとって協力して作業を進めていく必要があります。そのため、ユーザにも協力義務があることを事前に説明しておかなければなりません。

 このような状況に鑑み、経済産業省では、「情報システムの信頼性向上のための取引慣行・契約に関する研究会」を設置し、取引・契約モデルの検討を行ってきました。

 そして、平成19年4月には、対等な交渉力を有するユーザ・ベンダを契約当事者とした大規模開発案件のためのモデル取引・契約書<第一版>を、また、平成20年4月には、中小企業等での取引を想定したパッケージ・SaaS・ASP型の取引のためのモデル取引・契約書<追補版>を策定・公表しました。

 これらが業界標準の契約書として広く普及しているのであれば、情報システム開発をめぐるトラブルはかなり減るでしょう。しかし、これらのモデル契約は、少々立派すぎて、現場ではあまり使われていないように感じます。

 これらのモデル契約は、確かに予防法務の観点からは素晴らしい内容だと思いますが、細かい条件が多く分量が多すぎて、これをもとに交渉していてはいつになっても契約が締結できないと思われてしまっていることが、普及が進まない大きな理由ではないかと思います。

 ほとんどのベンダは、自社の標準契約書に、モデル契約のいいところだけを取り込んで使用していると思いますが、やはりそれでは契約面からトラブルを予防するには不十分といわざるを得ないでしょう。

 次回は、情報システム・ソフトウェア取引をめぐるトラブルについていくつかご紹介します。

弁護士 堀真知子