今回は、いわゆるサブリース契約の締結が、不動産に対する強制執行(賃料差押)を害する目的で締結されており無効だと主張された事例において、その主張が認められなかった事例についてご紹介します。

【東京地方裁判所平成18年11月7日判決】

 本件の事案は、概要以下のようです。

 本件の原告は、神奈川県川崎市所在の不動産(以下「本件不動産」という)について、横浜地方裁判所川崎支部から、不動産管理人に選任された者である。(横浜地方裁判所川崎支部平成16年(ケ)第206号担保不動産収益執行事件)
 Aは、上記不動産収益執行事件において、債務者兼所有者である。
 株式会社みずほ銀行(以下「みずほ銀行」という)は、株式会社B及び被告に対して、Aを紹介し、A家が所有する土地について、等価交換方式で建物を建築して有効活用をすることを勧め、その設計等の話をもちかけた。また、みずほ銀行は、建築された物件をサブリースにすることを計画しており、被告らに対し、サブリースを引き受ける大手不動産業者を探すことも依頼しました。
 しかし、本件不動産は、サブリースの対象となる物件が、建物全体に分散していたり、居住用と店舗用が混在するなどの事情があり、大手不動産業者には引受を断られたことから、みずほ銀行は、被告にサブリースの引受を依頼し、被告は、協議のうえ、これを引き受けることにした。
 Aと被告は、平成9年2月5日、本件不動産について、建物賃貸借契約(「以下「平成9年契約」という」を締結した。

     A  →→ (本件賃貸借契約)→→ 被告

   (賃貸人)               (賃借人=サブリース引受人)

 平成9年契約によると、賃貸物件は28戸、賃料は月額200万8000円、賃貸借期間は引渡日(平成9年3月13日)より5年間、敷金・礼金・更新料はなしとされていた。
 その後、みずほ銀行は、平成11年4月8日、本件不動産に、極度額4億7000万円の根抵当権を設定し、同月9日、その旨の抵当権設定登記を経由した。
 平成9年契約締結の後、Aの母であるCが、平成9年契約について、賃料保証という割には保証期間が短すぎる、通常は賃借人から賃貸人に敷金等の預入がある、被告にだまされた、などの不満をもって様々な方面に相談したりしたため、被告としては、このCの要求に応じる事を余儀なくされ、賃貸借契約を20年間とし、保証金1500万円をあずけいれることとした。被告は、Aに対し、上記要求を容れる代わりに、賃料減額を申し入れた。

 そこで、Aと被告は、平成12年12月15日、平成9年契約を変更する合意をした(以下「平成12年契約」という)。これによると、賃貸物件は27戸となり、賃料は月額145万円、賃貸借期間は引き渡し日である平成9年3月13日から20年間、保証金1500万円と変更されている。
 しかし、Cは、被告とサブリース契約を締結していた相手方(以下「甲」とする)に対して、Aが支払うべき管理費等を滞納していたために、同マンションの管理組合から駐車場契約を更新しないと通告されるに至り、被告とA家は協議し、管理費等を被告において負担することとし、これと同時に、本件不動産についても、管理費等を被告が負担する事とした。
 そこで、Aと被告は、平成14年4月23日、平成9年契約及び平成12年契約をさらに変更する合意をした(以下「平成14年契約」という)。これによると、本件不動産の管理費¥自家用電機保安料及び修理費を被告が負担することとされ、賃料が月額145万円から130万円に変更された。
 その後、Aの母であるCが死去して遺産分割協議が成立した。
 これを受けて、Aと被告は、平成15年10月20日、平成9年契約及びその後の変更家約をさらに変更する契約を締結した(以下「本件契約」という)。

 本件契約では、当初の賃料発生日を確認するとともに、賃貸借期間は、本件契約締結日から15年間とし、期間内解約については、12ヶ月の違約金に加えて、Aの都合で解約する場合には、Aは被告が転借人から預かっている敷金・保証金相当額の違約金を支払うこと、被告の方から解約申し入れをする場合には、被告がAに預託済みの敷金・保証金相当額の違約金を支払うことが定められた。

 本件の争点は、本件契約(平成15年に締結されたもの)は、競売妨害を目的として、通謀して締結された虚偽の契約で無効であるかどうかである。

 裁判所は、以下のように判示して、本件契約が「競売妨害を目的として、通謀して締結された虚偽の契約ではない」としました。

・本件契約に、抵当権設定日より前である契約締結日・引渡日が記載してあるのはおかしいと原告は主張するが、本件契約は、それ以前に締結されていた平成9年契約等を変更し、これらを一本化するものであるから、先行する3契約を明示するとともに、当初契約の契約締結日や引渡日、賃料発生日を明記することは何ら不自然とはいえない。
・原告は、本件契約の賃貸借契約期間が平成15年10月20日から15年とされており、これは期間内解約の違約金と関連して考えれば、異常に長期である旨主張するが、本件契約に至る経緯(平成9年契約当時の保証期間が5年間であることに、Cから保証期間が短すぎるという不満がでて、平成12年契約において、当初の引渡日から20年間に変更した)をみても、何ら不自然な点は見受けられず、上記主張は認められない。
・本件不動産の賃料(本件契約時で130万円)が異常に低額であると原告は主張しましたが、判決では、本件ではその時々の事情をくんで賃料がだんだん減額されていることが認められるから、この点でも原告の主張は認められないとしました。
・原告は、本件不動産の敷金が1500万円である点が異常に高額であると主張しましたが、判決は、「営業等の事業に関する本件の長期間にわたる賃貸借契約において、相当高額の保証金が預け入れられること自体は、通常なされるところであり、本件で授受された1500万円の金額が、本件契約内容に比して、著しく高額であると認めるに足りる証拠もなく、本件保証金の授受をもって、本件契約が通謀虚偽表示であることを推認させる事情であるとはいえない」としました。
・原告は、期間内解約の場合、12ヶ月前の事前予告に加えて、さらに12ヶ月分の違約金の支払い義務を定めることは異常であるなどと主張しました。しかし、判決は、上記の条項が加えられた経緯については、相応の理由があるものであって、通謀虚偽表示を推認させる事情とはいえないとしました。
・本件契約では、賃借人である被告は、賃貸人であるAの経営するDに業務委託することになっている点が不自然だと原告は主張しました。しかし、判決は、このような条項が加えられた経緯(かつて、被告が区分所有者でなかったために交渉相手から相手にされなかったので、区分所有者であるA自身にも責任をもって対応してもらうため)をみても、特段不自然な点は見受けられないから、原告の主張は認められないとしました。

 本件は、不動産の競売等の場面における法的紛争という意味で、先日ご紹介した判例(3月31日吉村掲載分「敷金返還請求権の有無が問題となった事例」)とある意味似た局面における紛争かと思います(もちろん、論点の中身そのものは異なるわけですが、「法律関係の偽装の有無」が問題となっている意味でも、本件と共通するものがあります)

 不動産の強制執行は、物件そのものという意味でも賃料・保証金等の関係する金額という意味でも、大きな価値が問題となりますので、それだけ法的紛争も多いようです。

 本件では、「サブリース契約が実体を有さない、偽装のものである」という原告の主張は認められないという結論になりました。上記の判示事項を検討しますと、判決が上記結論に至った理由は、最終的に問題とされた「本件契約」以前の各契約(契約事項の修正)の流れに、特に不自然な点が認められなかったことが挙げられるかと思います。

 本件の原告は、裁判所から選任された不動産管理人ということですから、破産事件でいえばさしずめ破産管財人のような役回りです。したがって、少しでも法律上疑義のある取引だと思われれば、訴訟提起も辞さずに争わなければならなかったというところかもしれません。

弁護士 吉村亮子