1.はじめに

弁護士の平久です。今回は、賃貸人が会社更生手続開始決定を受けた場合に、賃借人による未発生の敷金返還請求権を自働債権とする相殺の可否が問題となった裁判例(東京地裁平成12年10月16日判決判時1731号24頁)についてご紹介致します。

2.事案の概要

A(賃貸人)  → Y(賃借人)
X(更生管財人)

 A(賃貸人)はY(賃借人)に建物を賃貸していた。Aは、平成12年5月、会社更生手続開始決定を受けた。Aの更生管財人XはYに対し、Yが滞納している賃料等の支払いを求めて提訴した。これに対してYは、平成14年改正前会社更生法162条2項但書に基づき、敷金返還請求権と賃料債権の相殺を主張した。

3.問題点

 平成14年改正前会社更生法162条は、債権および債務の双方が更生債権届出期間内に相殺適状にある場合に限って更生債権者による相殺を認めていました(同条1項)。また、受働債権が賃料債務の場合には、当時および次期の2期分の賃料債務に限って相殺を認めていました(同条2項本文)。ここで、同条2項には但書があり、「敷金があるときは、その後の賃料債務についても、相殺することができる。」と規定してありました。そこで、同条2項但書が、1項に対する特則なのか(相殺適状にない敷金返還請求権を自働債権とすることを認めたのか)、2項本文に対する特則なのか(当期及び次期に限らないとするものなのか)が問題となりました。

4.判決の要旨

敷金返還請求権は、停止条件付債権であると解される。

停止条件付債権は、いまだ債権として現実化していないから、条件成就前にこれを自働債権とする相殺は許されないものと解するのが相当である。

平成14年改正前会社更生法162条2項但書は、賃料債務につき相殺可能とされる受働債権の範囲を拡大したものと解されるにとどまり、同条1項についての自働債権に関する特則を定めた趣旨の規定と解することはできない。

5.本判決を踏まえて

 本判決によれば、敷金返還請求権は明け渡し前は停止条件付債権であり、条件成就前にこれを自働債権とする相殺は許されないことになります。では、敷金返還請求権を有する者は倒産手続において保護されないかというとそうではありません。平成16年改正後の会社更生法48条3項では、「・・・更生債権者等が、更生手続開始後にその弁済期が到来すべき賃料債務について、更生手続開始後その弁済期に弁済をしたときは、更生債権者等が有する敷金の返還請求権は、更生手続開始の時における賃料の六月分に相当する額・・・の範囲内におけるその弁済額を限度として、共益債権とする。」とされ、相殺によってではなく、共益債権化されることによって保護されています。これと同様の規定は、民事再生法92条3項にも規定されています。

 一方、破産法では、停止条件付債権又は将来の請求権を有する者が、破産者に対する債務を弁済する場合には、後に相殺をするため、その債権額の限度において弁済額の寄託を請求することが出来ることになっています(破産法70条前段)。そこで、最後配当の除斥期間内に賃貸借契約の終了、明け渡しが完了すれば、敷金返還請求権を有する者は、相殺することが可能となります。

以上