1.はじめに
弁護士の平久です。今回は、民事再生手続開始前に立替払い約款に基づき第三者弁済を行い、再生債務者に対する求償債権を取得した場合の相殺の可否が問題となった裁判例(東京高裁平成17年10月5日判決判タ1226号342頁)についてご紹介致します。
2.事案の概要
Y(元請) → X(下請) → Aら4社(孫請)
X(下請会社)は、Y(元請会社)との間で請負契約を締結し、Yから工事を請け負った。さらに、Xは、Aら4社(孫請会社)に上記工事を請け負わせた。
その後Xは、民事再生手続を申し立てた。Yは、XがAら4社に対して負っている請負代金債務について、XY間の請負契約約款の立替払約款及び相殺約款に基づいて立替払をし、これによって取得した立替払金求償債権を自働債権に、XのYに対する請負代金債権を受働債権として相殺した。
3.問題点
民事再生法93条の2第1項3号によれば、再生債務者に対して債務を負担する者が、支払停止があった後にそれを知って再生債権を取得した場合には、相殺をすることができません。ただし、同条2項2号によれば、再生債権の取得が、支払停止があったことを再生債務者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因に基づく場合には、相殺禁止に当たりません。
本件では、YはXの支払停止後に、それを知り、Aらに対する立替払いによって求償権を取得していますので、同条1項4号に当たります。しかし、この求償権の取得は、Xの支払停止前にXと締結した立替払約款及び相殺約款に基づいて取得したものですので、このような約款の締結が同条2項2号の「前に生じた原因」に当たり、相殺が許容されるのではないかが問題となりました。
4.判決の要旨
本件立替払約款及び本件相殺約款は、相当の必要性がある合理的な契約内容であると認められる。
Yによる求償債権の取得は、Xの民事再生申立てにより実価の下落したAらの孫請負代金債権を取得して自己の債務を有利に免れようとする手段として行われたものではないと推認し得る。
とすれば、Yが、Xが支払停止となった後に、それ以前にXとYとの間で締結した本件約款中の本件立替払約款及び本件相殺約款に基づいて、Xの孫請負代金債務についてYが立替払したことによるXに対する立替払金求償権の取得は、改正前民事再生法93条4号ただし書中段(現行民事再生法93条の2第2項2号)の「再生債権者が支払の停止等があったことを知った時より前に生じた原因に基づくとき」に該当し、Yのこの立替払金求償債権を自働債権とし、XのYに対する請負代金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示は、相殺禁止の適用を受けず、有効である。
5.本判決を踏まえて
本判決によれば、まず、危機時期以前にこのような立替払約款の定めがない場合には、民事再生法93条の2第1項2号ないし4号の相殺禁止に形式的に該当し、さらに、同条2項の除外事由にも該当しないので、相殺禁止になってしまいます。
では、事前に契約でこのような立替払約款を定めさえすれば相殺が許されるかといえばそうではなく、立替払約款及び相殺約款に必要性合理性が認められたうえで、相殺権の濫用とならないような場合に限られます。
そして、相殺権の濫用となる場合とは、「工事が完成してもはや当該孫請業者による続行工事の必要性が残っていないような場合」とされています。
工事の完成とは下請工事全体の完成を指すのか、それとも立替を求める業者の仕事ごとに考えるのかという問題などは残りますが、高裁が元請・下請・孫請関係で下請会社が倒産した場合の相殺の可否についてその実情を踏まえて利益衡量をし、濫用となる場合を具体的に例示したと言う点で本判決は実務の参考となると思われます。
以上
弁護士 平久 真