(借地借家法の適用を受ける)建物賃貸借家契約における賃貸人側からの解約申し入れ・明渡請求を行うには、「正当事由」が必要であることは、前回のブログでも記載しました。
今回も引き続き、正当事由がない(賃貸人からの明渡し請求が認められない)とされた事例について検討したいと思います。
【東京地方裁判所平成17年4月22日判決】
この判決の事案は、大要以下のようです。
賃貸人である原告は、本件建物を「店舗兼事務所」として、被告(本件建物の賃借人。賃貸建物(「本件建物」)において麻雀店を経営している)に対して賃貸していた。
原告は、平成15年4月10日到達の書面により、被告に対し、正当事由補完のための立退料として500万円を支払う旨の申し出をした。
原告は、以下のような正当事由を主張しました。①本件建物の老朽化による建て替えの必要性(本件建物は構造的欠陥建物であり、新耐震設計基準も満たさないので、建替えの必要性が高い)、②被告は、本件建物において麻雀店営業を盛大に行っていたが、近年の不況のため来店者が減少している。原告が被告に対して店舗の経営状況等に関して直近3期分の決算書類とその附属明細書の提出を求めているのにこれを拒否していることから、赤字経営の状態にあると推認するべきである。また、被告は、本来、本件店舗の半分程度の面積で足りる程度の営業を行っているのに過ぎず、代替店舗を確保するとしても、立退料500万円及び原告が被告に返還する敷金360万円を持ってすれば十分である。
被告は、これに対し、以下のように反論した。①本件建物には、構造的欠陥は存在しない。これが存在するという客観的証拠はなく、原告の一方的な主張に過ぎない。②本件建物は、目視によっても有害なひび割れなどの損傷はみられない。旧構造計算基準を元に建てられた建造物はいまも多く、その中の相当数が建て替えを必要ないことからも、本件建物が旧構造計算基準に従っているということのみで建て替えが必要であるとはいえない。
③本件建物を解体新築するについて社会経済的な合理性はない。
上記に対して、裁判所は大要以下のように判断しました。
① 本件建物の老朽化による建て替えの必要性については、本件建物が建築された当時の設計図書や資材の発注書などが現存せず、施行方法も不明であるから、本件建物が構造的欠陥建物と認めることはできない。
② 本件建物が補修を要する種々の欠陥が生じていると原告は主張しているが、床のたわみ、建物全体の傾きはいずれも修繕を施せば足りることであり、本件建物の構造的欠陥を示すものではない。
③ 本件建物は、昭和56年に改正された現行の鉄筋コンクリート構造計算基準(新耐震設計基準)以前の旧基準の下で建築された建物であるが、「大地震の発生を具体的に予測することは困難であり、数十年単位の確率でこれを予測していく他はない現状においては、大地震発生の可能性をもって直ちに本件建物の建替えの必要性があると認めることはでき」ないし、本件でも、耐震工事を行う必要があるにしても、その費用は・・・・比較的安価に行うことができる」。
④ 改修工事の費用は多額に上るという主張については、改修の費用は改築費用の30%で済むので採用できない。
⑤ 本件建物の有効利用を図る必要があるという主張については、鑑定の結果などから、現状においてすでに当該地域の状況にそって有効利用が図られ、また、今後も図ることができるものといえるから、採用できない。
⑥ 他方で、被告が本件建物を店舗として使用する必要性について、原告側では、本件店舗への来店者が著しく減っているなどと主張するが、その根拠となる調査は、わずか3日間の来店者数を調査し、調査時間も営業時間の一部にとどまるから、本件店舗への来店者数の実態を示したものと解することは出来ない。また、被告が決算書類と付属明細書の提出を拒んでいるものの、提出された売上帳簿は改変を加えた形跡もなく、また通常個人商人が粉飾決算をするという事態は想定しがたいから、提出された売上帳簿の信用性は失われない(すなわち、被告の店舗への来店者が減っているという原告の主張は採用できない)。
⑦ 原告は、原告が申し出ている立退料500万円と被告に返還すべき敷金360万円の合計860万円の支払いを受けられれば、被告が現在の営業規模と同一の営業ができる店舗を他で借り入れることは容易であると主張する。
しかし、鑑定の結果によれば、本件の近隣地域などの類似地域に実損なく移転するには、約2463万円の補償が必要であると試算されるのみならず、麻雀店は風営法の許可を取得する上でも、地域的な制約が存在することが認められる。
以上の事情から、判決は、「被告が本件建物を使用して麻雀店を営む必要性は乏しいとはいえず、むしろ、その必要性は高いと言うべきである」として、原告(賃貸人)からの明渡請求を認めませんでした(そもそも正当事由がないという判断なので、「正当事由の補完事由」である立退料については判断するまでもないとして、立退料の妥当性の点については判断していません)
現行の耐震基準に合致しない建物、という点からみれば、原告のいう「建替えの必要性」については認められそうな印象もあったのですが、裁判所としては、被告の本件建物を利用する必要性を重視し、また、原告が「改装の必要性」の根拠として提出した証拠について全般的に信用できないという判断をした上で、被告の本件建物の継続使用を認めたものと思われます。
訴訟戦術としては、相手方の主張する論拠や証拠を弾劾する(効力を争う)ということも当然重要なのですが、肝心の弾劾の用に供する証拠が「疑わしい」とされてしまうと、その「疑わしい」証拠を提出した当事者の主張全体が信用できないような印象を与えてしまいがちです。本件の原告でいえば、被告の経営が思わしくないということを証するとして提出した証拠(おそらく、時間制で調査を依頼した調査結果報告書と思われます)が、裁判所から信用性がないとされてしまいました。調査にも時間制で費用がかかることが多いので、「調査時間を絞る」のはやむを得ないかもしれませんが、「不十分な」証拠となるくらいなら、他の立証方法を考えた方が良かったかもしれません。