前回のブログで、賃貸借契約において定められていた「更新料」が、消費者契約法10条に違反して無効であるという判断がなされた、大阪高裁平成21年8月27日判決の要旨をご紹介しました。

 今回は、この平成21年大阪高裁判決(以下「本件判決」といいます)をふまえて、不動産賃貸借契約に付随して授受される更新料について、いかなる基準を満たせば有効とされうるのかについて、検討したいと思います。
 本件判決においては、更新料の法的性質について賃貸人の側から主張された、「①賃貸人による更新拒絶権放棄の対価」「②賃借権強化の対価」「③賃料の補充」の各要素をそれぞれ詳細に検討した上、いずれの要素も満たさないとして、「本件における更新料には、法的意味が見いだせない」という結論に至っています。
 この点を逆に解釈すれば、上記①ないし③の要素のいずれかを満たす更新料であれば、有効とされる余地があるということになります。

 では、①ないし③について、どのようなとりきめをすれば、法的に有効な更新料として認められるでしょうか。それぞれ検討してみます。

1 ①更新拒絶権の対価について

 まず、①については、本件判決においては、賃貸の目的となっていた不動産が賃貸専用物件であったことから、「このような物件においては、賃貸人の自己使用の必要性は乏しいことが多い」として、このような物件においては、“賃貸人の更新拒絶権”は事実上考慮するに足りないという立場がとられたようです。確かに、建物賃貸借契約の終了申し入れについて要求される「正当事由」としては、「自己使用の目的」があることがベストであり、たとえばアパートのような賃貸用物件については、一般的に言えば、この自己使用の必要性は認められにくいでしょう。

 ただ、賃貸人が明示的に「更新拒絶」の意思表示をした場合には、場合によっては「更新拒絶権の放棄」も「更新料」の法的性質に含まれうる、と判決は指摘しています。

 したがって、この判決によれば、賃貸借契約の更新の際に、賃貸人が、賃借人に対して、明示的に、「(次回の更新を迎えるまでの間は)更新拒絶権を放棄します」という意思を表示すれば、この「更新拒絶権の放棄」が「更新料の法的性質」として認められる余地があるということになります。

 現在の賃借人に今後も賃借を継続してほしい、と考える場合には特に、このような「(次回の更新時期までは更新拒絶権を放棄する」意思表示を、更新契約の際に 文書で表明しておけば、更新料の受領自体は可とされる可能性もある、とまとめられるかと思います。

 (ただ、その後事情が変更してやはり明け渡しを請求したい、となる場合も現実にはありうるから、なかなかこの「更新拒絶権の放棄」をはっきりと書面に残してしまうのは抵抗がある・・・という向きもあるかもしれません。そのあたりは、更新料の受領の利益と、更新拒絶権の放棄を明示してしまうことのリスクとのどちらをとるかの選択になってくるかと思います。)

2 ②賃借権の強化について

 本件判決によれば、この点についても、①の点と同様、「もっぱら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件」については、通常賃貸人からの解約申し入れの正当事由は認められないこと、本件賃貸借契約では、契約期間がわずか1年という短さであり、解約申し入れがその期間制限されるとしても、賃借権が「強化」される程度は非常に低いことなどを指摘して、更新料の授受が「賃借権の強化」につながるとはいえないということです。
 もっとも、①の場合と同様、更新時に交わす書面などで「更新料の授受をもって、次回の更新時まで、賃貸人から解約の申し入れは行わない」という内容をうたっておけば、更新料の授受が「賃借権の強化」という法的性質を有すると認定される可能性もでてきます。
 (このように明示的に書面に残してしまう点については、①と同様の懸念が残る場合もあろうかとは思いますが、より効果が認定されやすいという観点からすれば、口頭で述べるだけではなく、書面に残すべきかと思われます)

 また、本件判決は、更新拒絶の正当事由(少なくとも、契約当事者がそれがあると考えるのも無理からぬ事由)があるとして更新拒絶権が行使され、あるいは、将来解約申し入れの正当事由(少なくとも契約当事者がそれがあると考えるのも無理からぬ事由)が発生すると契約当事者が予測して更新料が支払われた場合には、それが賃借権強化の対価として理解する余地がないではない、としています。
 上記があてはまりそうな場合とは、具体的には、賃貸人自身が賃借物件を自己使用する必要性の他、建物の朽廃が激しく建て替えの必要性があると客観的に認められる場合、などが挙げられるかと思われます。(いずれにしても、この事由があると認められるのは、全体的な割合からすれば特殊な事例になるといわざるをえないでしょう)

3 ③賃料の補充の性質について

 この点については、本件判決は非常に厳しい見方をしています。すなわち、たとえ賃借人が、契約の締結時に更新料を支払うことの説明を受けていたとしても、更新料は、更新がなされなければ授受されることはないのだから、本件の更新料は「賃料の後払い的性格」を有しないとの判断です。
 確かに、仮に「賃料の後払い」なのであれば、契約期間が満了するごとに (契約が更新されるか否かにかかわらず、必ず)更新料を支払わなければならないはずなのに、現実には「契約が更新された場合のみ」支払われているという点をみれば、「賃料の後払い」という性質は認めづらいように思われます。
 仮にこの「賃料の後払い」という法的性質を持たせたい場合には、①②の場合と同様、更新時に交わす書面に、たとえば「(更新料として授受される)この金員は、期間中の賃料を補充するものである」などとうたっておくことが考えられるでしょう。(ただし、このような規定をもうけると、そもそも「更新料」という名称を使用しなくてもいいのではないかという疑問もわくところではありますので、全体の整合性をとるためには入念な検討が必要と思われます。)

 以上、本件判決で検討された3要素の検討と、それらの法的性質を具備するといえるための方策を検討してみました。現在の賃借人に継続して賃借していてほしいという場合に特に、よく検討してみる必要があるかと思われます。

 ただし、本件は最高裁判所へ上告されており、最高裁判所の判決が下される可能性もあります。最高裁判所が、どの程度「更新料」について(本事例のみに当てはまるだけでなく、)一般的な規範となりうる判断を下すかはわかりませんが、今後の動向が注目されます。

弁護士 吉村亮子