1 日弁連会長選挙と法曹人口

 2010年2月5日に、日弁連の会長選挙がありました。

 候補者は、大都市を中心とする弁護士会の会派(いわゆる派閥)が擁立する山本剛嗣先生(東京弁護士会所属)と派閥の後ろ盾がない宇都宮健児先生(東京弁護士会所属)です。宇都宮先生は、債務整理のスペシャリストとしても有名ですよね。

 伝統的に弁護士会の選挙では、派閥の擁立がないと当選は難しいと言われています。まるで、どこかの国の首班指名みたいですね(笑)。

 ところが、今、弁護士会にも変化が起こっています。宇都宮先生が立候補したのには背景があって、弁護士人口の急増で“食えない弁護士”が増えていく中、司法試験合格者人口の見直しを求める声が各地の弁護士会から出ているわけです。法務省は、2010年までに年間3000人合格を目指していたはずなのに、その2010年度の司法試験合格者は、約2000人にとどまりました。司法研修所が多数の司法修習生を2回試験(考試)不合格とするなど、弁護士の質の低下も指摘されていました。2回試験というのは、分かりやすく言ってしまえば、司法研修所の卒業試験のようなものなのですが、私の頃は原則全員が合格していたんですね。それが、今は何百人もの司法修習生が毎年不合格となるそうです。

 今回の日弁連の選挙でも、いわゆる法曹人口問題が大きな争点になりました。山本先生は、年間合格者数を2000人程度にとどめるべきだと主張されています。これに対し、宇都宮先生のご主張は、1500人程度が妥当であるという見解です。実は、この差は大きくないと私は思っています。年間合格者が1500人というのもけっこう多いですよ。私の頃は700人でしたから、倍以上です。要するに、私が駆け出しの弁護士だった時代と比べると倍のスピードで弁護士人口が増える計算になります。これは、昔だったら10年で弁護士人口がX人増加するのに対して、今だと同じ人数に5年で到達しちゃう…というのと同じです。2000人の合格者だと約3倍のスピードですけどね…。いずれにしても、東京などの大都市はすでに飽和状態で、2000人が1500人になったからといって、焼け石に水です。競争激化は避けられないんですよ。

2 債務整理事件処理に関する指針

 ところで、今回の日弁連選挙では当選者が決まらずに再投票になりました。というのも、山本先生と宇都宮先生の対決が“引き分け”になってしまったからなんです。

 引き分けだからといって、お2人の得票数が同数だったわけではありません。山本先生の得票数が9525票、宇都宮先生が8555票だったそうです。わずか約900票差ですが、山本先生が勝っているわけです。

 しかし、日弁連会長選挙では、当選要件として日本全国の3分の1以上の単位弁護士会において最多得票数を確保しなければならないという要件があるんです。単位弁護士会とは、東京弁護士会や大阪弁護士会などといった、各都道府県に設置されている弁護士会のことです。そうすると、全国で弁護士会は52ありますので、18単位弁護士会において最多得票数を取らないといけません。

 ところが、です。山本先生が最多得票数をおさえることができたのは、わずかに9単位弁護士会のみです。これに対して、宇都宮先生は42単位弁護士会!ものすごい差です。この投票結果から言えることは、東京を中心とする大都市圏の弁護士会は山本先生支持にまわったが、地方の弁護士会はほとんどが宇都宮先生を支持していることになります。

 今回の選挙ではほとんど争点になっていませんが、地方の弁護士は、東京の法律事務所の広告に対して敵対心を抱いています。2009年7月17日、日弁連の理事会で「債務整理に関する指針」が採択されました。その内容は、弁護士は、相談者と面談しなければ事件を受任してはならないというものです。これを受けて、私が所属している東京弁護士会も「債務整理事件処理に関する指針」と題する書面が会員弁護士に配布されています。

 これにより、東京の弁護士は、地方の債務整理事件を受任することが困難になったんです。ここで注意して欲しいのは、この指針を採択したのが東京弁護士会ではなく、“日弁連”だということです。以前から、地方の単位弁護士会から、東京弁護士会の職務規程で電話による地方の債務整理受任を禁止してくれという要請がありました。しかし、それを職務規程に盛り込むことはなかなか実現しなかったんです。多種多様な事件がある大都市と違って、地方の弁護士にとっては切実です。地方の弁護士の多くが債務整理事件で食べてますから。東京の法律事務所の広告の威力で、顧客を吸い上げられちゃってるんですね。

 結局、この指針の本当の目的は地方の債務整理市場を守ることにありますから、批判も少なくありません。ある弁護士は、競争を不当に減殺する独占禁止法違反の指針だと反論しています。

3 宇都宮先生支持の背景

 昔は、各地域の弁護士がお互いの縄張りを荒らさずに棲み分けされていました。

 しかし、今は、東京の法律事務所が地方の市場に参入する時代になっています。約5年前に弁護士の広告活動が解禁され、法律事務所も勝ち組と負け組に分かれてきています。特に、地方の弁護士は、環境変化に対応するのが遅いようです。法曹界を取り巻く劇的な変化について行けてないんですね。広告が解禁されてもなかなかそれに賛同できない、また、賛同できたとしてもやり方がわからない…。それはそうですよね。今まで、家内工業的な前近代的経営で成り立ってきた法律事務所が広告活動解禁となったからといって、突然変われないわけですよ。だから、地方の弁護士としては東京の法律事務所の広告活動に困惑しているんです。

 しかし、広告を直接禁止するわけにはいきません。別に違法なことをしているわけではありませんから…。なので、電話受任禁止にしたわけです。

 では、そのような地方の実情と宇都宮先生支持がどのように結びつくのかというと、実は、宇都宮先生は、東京の法律事務所の広告に対してけっこう批判的な見解をお持ちなんです。そして、宇都宮先生自身、債務整理を中心業務として行っている弁護士なんですね。ということは、東京の法律事務所の大規模な広告活動で顧客数を減らしているのは地方ばかりではなく、宇都宮先生も含まれるわけです。その意味では、地方の弁護士たちと完全に利害が一致しています。横浜で弁護士をしているある知人は、まさに広告規制を期待して宇都宮先生に投票すると言っていました。選挙の争点にはなっていないものの、宇都宮先生の弁護士広告批判はけっこうこの業界では有名なんです。

 したがって、もし宇都宮先生が日弁連の会長になったら、広告規制が始まる可能性があります。横浜の知人弁護士のように、広告規制を期待して宇都宮先生に投票した弁護士も全国にたくさんいるのではないかと思います。

4 地方の弁護士の本音

 前述の日弁連の指針は、大義名分としては、電話だけだと正確な聴き取りができない、昨今、債務整理を大量に手がける法律事務所が色々問題を起こしている、ということを根拠としているようです。

 しかし、日弁連が毎月発行している「自由と正義」を見ると、債務整理事件で問題を起こした懲戒事例はほとんどありません。その多くは国選の刑事事件です。国選事件は、着手・報酬併せて国庫から8万円程度しか支給されません。でも、仕事のない弁護士がけっこうこれに群がっています。8万円しかもらえないので丁寧に仕事したら割が合いません。そこで、手抜きが始まるのです。一番多い懲戒パターンは、被告人と接見(面会)しなかったという事例です。被告人が接見希望の手紙を弁護士に送っても無回答…。ほかに民事事件では、受任した事件を弁護士が放置した結果、依頼者の権利が時効で消滅してしまったなんていうのもあります。控訴期間中に控訴するのを忘れていたなんていうのもありました。控訴していないので、一審で判決確定です。依頼者もたまったものではありませんよね。

 これらのようなケースが懲戒事案の大半を占めます。たまに債務整理事案で懲戒されている弁護士を見かけますが、そのような場合でも大概零細事務所の弁護士です。少なくとも、皆さんなら誰でも知っているような有名な債務整理事務所の懲戒事例は今のところゼロなんです。

 「たまたま懲戒請求されなかっただけで運がよかったんだ」という想像の域を出ない反論もありえると思いますが、零細事務所は年間でせいぜい数十件の債務整理事件を処理しているに過ぎないのに対して、大手債務整理事務所では年間数千件に及びます。素朴に考えて、確率論だけで考えれば大手債務整理事務所の方が懲戒請求されるリスクは格段に高いはずです。それなのに、大量の債務整理事案を手がけている事務所が、どこも債務整理で懲戒されていないといのは不自然です。偶然なんてそんなにたくさん重なりませんから…。

 なので、面談せずに債務整理事案を受任することを禁止する本音は、地方の債務整理市場保護であることは見え見えなんです。

5 新しい動き

 そして、この私の分析を裏書きするような新しい動きが出てきました。

 皆さんもご存じのとおり、多くの債務整理特化型事務所がテレビCMを始めました。もちろん、地方局ではなく全国ネットです。

 これに対して、地方の弁護士会から東京の弁護士会に対して、「テレビCMを取り締まってくれないか」という要請が来ているんです(笑)。法曹界は分権構造になっていて、地方の弁護士会は東京の弁護士を取り締まれないんです。もちろん、懲戒処分にもできません。でも、テレビCMをやっている法律事務所のほとんどが東京です。だから、東京の各弁護士会に取り締まってほしいということなんです。

 でも、今度はどのような大儀で取り締まるんですかね(笑)。テレビCMは違法というわけにはいかないし…。また、破廉恥なCMをしているわけではありませんので、弁護士倫理上の問題にもできないでしょう。

 東京の弁護士と地方の弁護士が競争する時代の幕開けです。