1 はじめに
企業がリストラを実施する場合、有能な人材の流出を防ぎたいと考えるのは、事業を継続する以上当然です。
そして、有能な人材を引き留める一方で、企業の戦力とはならなかったり、逆に皆の足を引っ張っているような問題社員を優先的にカットしたいと考えるのも、企業の経済合理性からすれば当然の姿勢でしょう。
したがって、リストラ対象者の選定に当たっては、能力の劣る者や業績不振の職員を優先的に対象としたり、また、職場規律を遵守しない等いわゆる問題社員を対象としたいのはもっともです。さらに、病弱で欠勤の多い者も企業の戦力にならない職員であるという点で、これをリストラ対象に加えたいというのも合理性があります。
では、実際の実務の傾向としてはどのように処理されているのか、希望退職者募集制度の場合と整理解雇の場合を比較して見てみましょう。
2 希望退職者募集制度
ご存じの通り、整理解雇4要件のうちの「解雇回避努力義務」との関係で、実務上、希望退職者の募集が実務上定着しています。
さて、何らの制限も設けずに希望退職者を募集すると、有能な人材が手を挙げ、業績不振者や問題社員に限って手を挙げない傾向にあります。
リストラをするといっても、事業を継続する以上、問題社員に退職してもらい、有能な人材には残ってもらわないと困ります。
そこで、募集条件に際して、「会社が承認した者に限る」などといった条件を加えて、有能な人材の流出を防止する措置を講じる企業も少なくないというのが現実です。
しかし、リストラ対象となっている職員からすれば、せっかく手を挙げている者がいるのにその職員を慰留し、自分を退職に追い込むのはおかしいと憤りを感じて、紛争に発展することも珍しくありません。
もっとも、幸いこの点については、有能な人材の流出防止策として前記のような条件を付した希望退職者の募集も有効ですると判示する下級審判例があります(東京地裁平成7年3月31日判決・日商岩井事件)。
3 整理解雇
希望退職者を募集しても、十分な希望貸借者を確保できなかった場合には、通常整理解雇に移ります。
さて、整理解雇においても、有能な人材を残し、問題社員を退職させたい基本方針は変わらないはずです。
では、同様の方針で、切り捨てたい職員を優先的に選定して整理解雇にした場合、そのような解雇は有効なのでしょうか。
この点に関して、やはり下級審判例ですが、気になる判例があります。
業務に熱心でない者、能力の劣る者、職場規律を遵守しない者、病弱者等の選定基準について、「抽象的である」として合理性を否定した判例があるんです(横浜地裁昭和62年10月15日判決・池貝鉄工事件)。
この横浜地裁の判決と前述の東京地裁の判決の整合性をどのよう理解したらよいのでしょうか。
4 客観的かつ合理的な人事考課制度の必要性
私見によりますと、この両判決に矛盾はないと考えます。
第1に、希望退職者の募集の場合、力点が置かれているのは、有能な人材の流出防止であって、問題社員の流出促進ではありません。
したがって、ここでは有能な職員以外、すなわち、問題社員とまでは行かないが、可もなく不可もなくという職員もリストラ対象となっています。問題社員等を積極的に解雇してしまうケースとは異なります。
第2に、希望退職者の募集においては、相手の自由意思が当然の前提となっています。
したがって、相手の意思にかかわらず、会社の一方的な意思表示によって解雇してしまう場合よりも、対象者の受ける損害はずっと小さいと言えます。
このような温度差の違いを考慮に入れると、両判決に矛盾があるとまでは言えないでしょう。
では、能力が劣る者等を優先的に整理解雇することは本当にできないのでしょうか。
この点、前記横浜地裁の判決をよく読むと、能力や勤務態度を理由にして対象者を選定することが直ちに不合理だとしているわけではなく、選定基準として「抽象的である」としている点です。
これは、日本の人事評価システムを念頭に置く必要があります。
成果主義とか何とか言っても、客観的で合理的な成果主義報酬制度・給与体系の構築に成功した企業はまだまだ少ないと思います。
何となく、年功序列時代の給与体系を維持している会社も多いというのが現状でしょう。
そうすると、日頃の人事考課において、さほど客観的な基準も持たずに職員を評価しておきながら、いざ整理解雇する段階になってから職員の能力を云々しても、評価する会社側の主観に流れがちになるのは自然です。
整理解雇するときに、会社にとって「不要な人材」を優先的に削減したいと考えるのは当然です。
そのようなときに、対象となる職員にとっても、また第三者である裁判所にとっても納得度の高い、客観的で合理性のある人事考課制度を構築しておくことが重要だと思います。
そうであれば、裁判所の判断も違ったのではないかと思います。