1 成果主義への批判に関する素朴な疑問

 アメリカ的経営が見直され、成果主義を導入する会社が増えてきたことは、みなさんもご存じの通りです。
 しかし、成果主義を導入した結果、却って上手くいかなくなった会社も少なくないと言われています。
 成果主義=アメリカ的経営、というイメージもあって、「何でもアメリカのやり方が正しいわけではない」、「成果主義は日本の企業風土に合わない」とか、もっともらしい批判も聞こえてきます。
 確かに、何でもかんでもアメリカの模倣というのは正しい姿勢ではないと思います。日本には日本のやり方があると思います。

 しかし、私は、なぜ成果主義がアメリカ的で、なぜ成果主義は日本に馴染まないのか、それが理解できません。
 私から言わせると、人の仕事が「成果」に基づいて評価されるのは、当たり前のこと。仮にアメリカの企業経営者が成果主義を放棄しても、日本は放棄すべきではないとさえ思います。

2 成果主義は本当にアメリカ的か

 おそらく、アメリカの企業経営者の多くが成果主義を採用している理由は、アメリカ人には、合理的思考の持ち主が多いことが関係していると思います。合理的に考えれば、成果で評価するのは当たり前です。
 だから、アメリカ人か日本人かが問題の本質ではなく、合理主義者か否かが成果主義導入の是非に影響すると思います。

 それが証拠に、ご承知の通り、織田信長はアメリカ人ではありませんが、成果主義を採用していました。成果主義を採用していたからこそ、秀吉は織田家で大出世を果たしたわけですよね。でも、信長は日本人ですよ(笑)。
 これを言うと、「過度な成果主義を導入していたからこそ、最終的には明智光秀に暗殺されたのではないか、そして秀吉に天下を簒奪されたのではないか」というご意見もあるでしょう。
 でも、そんなの当たり前です。成果主義は有能な人間を引き上げます。引き上げられた人間は、それに伴って権力や財力、そして影響力を持つようになります。したがって、能力ある人物を出世させる場合、寝首をかかれる危険性は常にあるわけですね。
 それが嫌だからと言って、有能な人間が偉くなれない仕組みにしておいた方がいい、なるべく能力ある人間に力を与えない方がいい、などという考え方は本末転倒です。そんな組織は衰退しますね。
 重要なことは、成果主義を導入しつつ、裏切り者が出てきた場合にどう対処するか、その対策を講じておくこと。これが経営者として考えるべき戦略です。部下の裏切りを「想定内」にしておくことが重要です。

 韓非子の次のような言葉がそれを物語っています。

 「その我に背かざるを恃まず。我が背くべからざるを恃む」

 要するに、自分を裏切る者などいないなんて期待してはいけない。裏切りたくても裏切れない仕組み・体制こそ肝要である、と言っているのです。

3 成果主義は、なぜ日本で失敗するのか

 そうはいっても、日本の企業で成果主義を導入しても、うまくいかなかった事例がたくさん報告されています。
 しかし、だからといって成果主義は誤りだと結論づけるのは早計です。なぜ、上手くいかないのか、その原因を探っていく必要があります。
 上手くいかない第1のパターンは、今までぬるま湯経営に慣れすぎていて、成果主義に対するそもそもの抵抗が強い場合です。したがって、このような場合は、成果主義が悪いのではなく、ぬるま湯経営で従業員をスポイルしすぎてしまったことが悪いんです。こんな組織でいきなり成果主義を導入しても上手くいきません。
 第2のケースは、成果主義の具体的スキームの欠陥です。たとえ、成果主義自体は正しくても、成果を測定・評価する制度自体が欠陥だらけであれば、不満が出てくるのは当然です。このことを理由に成果主義に異を唱える人もいます。「成果主義に基づく完璧な制度なんてつくれるはずがない」というご意見です。
 第3に、これは2番目の制度論と関連しますが、成果主義による評価の不確実性の高さです。まず、成果をどれだけ上げられたかによって、従業員が受け取るリターン(給料)は変動します。また、今年大きな成果を上げられたからといって、翌年もそうだとは限りません。来年の年俸は大幅にダウンするかもしれないんですね。これは、働く者にとってリスクです。リスクとは不確実性をいうわけですから。

 では、これらに対する処方箋はあるのでしょうか。  まず、第1のケースは頭の痛い問題です。スポイルされた従業員の根性をたたき直すには時間がかかります。根気よくやるしかありませんと言いたいところですが、今はスピード経営が求められる時代です。悠長にダメ従業員を教育している時間と費用がもったいない。場合によっては、「従業員総入れ替え」という英断も経営者には必要ではないでしょうか。
 第2の問題については、繰り返し制度の見直しと改良を行うことを習慣化することで対処できます。そもそも完璧な制度なんて作れないし、作る必要もない。それは、あらゆる制度について言えることです。完璧が無理ならやめてしまえ、というのは極端な考え方です。しかし、制度を固定してしまうのは危険です。完璧な制度はないことを自覚しつつ、欠陥の存在を前提にして、常に改良を心掛けるべきです。
 第3の問題は、私に言わせるとむしろウエルカムです。これからの経営には、リスクをとれる従業員が必要です。そもそも、経営者だけにリスク感覚があって、従業員にはリスク感覚が全く欠けているのは問題だと思いますよ。従業員にリスク感覚がないから、「上司の指示通り決められた時間仕事をしていれば、毎月決まった給料が振り込まれてくる」なんて、呑気な考え方を持つ従業員が増えてしまうんです。リスク感覚のない従業員は、給料は未来永劫決められた金額がちゃんと振り込まれてくるものと思いこんでいるんです。だから、成果主義によって、従業員の給料に対する不確実性を高め、リスク感覚を養わせることは教育上も重要だと思いますよ。