第1 賃金規定

 賃金は、その重要性から、就業規則の必要的記載事項です。つまり、就業規則を作成する場合には、必ず、「賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」(労働基準法89条2号)を定めなければならないとされています(同条柱書)。

 もっとも、賃金に関しては、法律においても、その支払方法、支払時期、額等に関する規定がありますから(労働基準法24条以下、最低賃金法等)、これらの規定にない部分や相違する部分に関してのみ、定めればよいことになります。
 ただ、就業規則は、法律の規定と同じ定めを置くことが禁止されるわけではありません。したがって、賃金に関して法律上の規定の有無に関わらず、就業規則の賃金条項に網羅的な定めを置くのが一般です。
 この際、就業規則の賃金条項に、労働基準法等法律の規定と異なる定めをし、その定めが法律上の規定よりも労働者に不利な場合は無効とされることには注意が必要です。労働基準法等は労働条件の最低基準を定めたものだからです(憲法27条2項参照)。

第2 賃金体系

 賃金は、まず月々支払われる月例賃金とそれ以外の特別賃金に大別されます。
 そして、月例賃金には、労働契約によって予め額が決まっている所定内賃金と労働実績によって額が変動する所定外賃金があります。他方、特別賃金には、賞与や退職金があります。

 次に、所定内賃金には、基本給と諸手当があり、所定外賃金には、時間外・休日・深夜割増賃金(労働基準法37条)があります。

 そして、基本給は、仕事給(職務給、職能給、職種給)や属人給(勤続給、年齢給、学歴給)等によって決定されます。基本給は、所定内賃金の主たるものですから、全額を出来高払いにすることは許されず、労働時間に応じた一定額を保障給として支給しなければなりません(労働基準法27条)。また、一般に、基本給の金額は、賃金表に定められており、職務内容(事務職、技術職、専門職等)ごとに、各々が資格・等級によってランク付けされています。

 諸手当には、労働者の勤務内容を評価して支給される仕事手当(役職手当、特殊勤務手当、精皆勤手当、業績手当等)と勤務内容とは無関係に生活上の出費を補助する生活手当(家族手当、住宅手当等)があります。

第3 賃金規制

 労働者にとって、賃金は生活の糧として最も重要な労働条件の一つであるため、賃金の支払いに関し、各種法律によって様々な規制がなされています。その規制は、通常時のものと、企業の倒産、労働者の退職・出産等非常時のものとに分けられます。今回は、前者についてお話ししようと思います。

1 通常時の規制

(1)賃金支払い4原則

ア 賃金通貨払いの原則

 まず、賃金は、原則として「通貨」で支払わなければなりません(労働基準法24条1項)。
 これは、価格が不明瞭で換価にも不便な現物給付を禁止する趣旨です。

 例外として、①労働協約に定めがある場合、②厚生労働省令が定める賃金につき同令で定めるものによる場合があります。

 ①については、労働協約が当該組合員にしか効力が及ばないため、例外の定めは、労働協約締結組合員以外の従業員には適用がありません。
 ②については、労働基準法施行規則により、労働者の同意を条件として、賃金全般に関し、労働者の指定口座に振込む方法による支払が認められています(同7条の2第1項柱書、1号)。また、退職手当の小切手・郵便為替による支払なども認められています(同2項)。なお、行政解釈では、「振り込まれた賃金の全額が、所定の賃金支払日の午前10時頃までに払出し又は払戻し得るように行われること」という条件が更に付加されています。また、裁判例でも、口座払いは労働者が指定する本人名義の口座に振り込まれることと、所定の賃金支払日に全額の払出しが可能であるときにのみ認めています(高松高判昭和56年9月22日、大阪地判昭和59年10月31日)。

イ 賃金直接払いの原則

 次に、賃金は直接、労働者に支払わなければなりません(労働基準法24条1項)。

 これは、中間搾取や本人以外の者が賃金を奪うのを排除する趣旨です。
 この原則から、代理人(例えば親権者等の法定代理人、労働者から委任を受けた任意代理人)に対する賃金支払は違法とされ(労働基準法24条1項、59条、120条)、民法479条の限度(代理人への支払で当該労働者が利益を受けた限度)で支払の効力が生ずるにどどまります。

 これに対し、使者(例えば病気や出張中の労働者に代わるその配偶者、派遣元が支払うべき賃金を派遣労働者に手渡す派遣先など)への支払は、法的には労働者本人への支払とみなされるので適法です。
 また、判例では、賃金債権の正当な譲受人への支払も、直接払いの原則の趣旨を重視し、違法としています(最判昭和43年3月12日)。
 他方、賃金債権の国税徴収法、民事執行法に基づく差押債権者に対する支払は、差押限度額でなされる限り、適法とされます。これを否定したところで、支払後の差押えを結局排斥することはできないからです。

ウ 賃金全額払いの原則

 また、賃金は、原則として、その全額を支払わなければなりません(労働基準法24条1項)。これにより、賃金の一部の支払を積立金、貯蓄金などの名目で留保することは、原則として許されないことになります。
 これは、労働者の生活原資を保障するために賃金全体の受領を確保させる趣旨です。
 例外として、①法令に別段の定めがある場合、②当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合と使用者間、そういった労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者と使用者間の書面による協定(これを労使協定という)がある場合があります。

 ①の法令の定めには、給与所得税の源泉徴収、社会保険料の控除等があります。
 ②の労使協定は、二四協定と呼ばれ、労働協約による賃金通貨払いの原則の例外的効力が当該組合員にしか及ばないのと異なり、その例外的効力(免罰的効力)は、当該事業場の全従業員に及びます。本来、許されないはずの財形貯蓄、社内預金、組合費等を差し引いた支払は、この二四協定が結ばれているからこそ許容されているのです。

 判例の考えは、賃金全額払いの原則について、使用者からの相殺一般を禁止した規定であり、労働基準法17条(前借金と賃金の相殺禁止)は、前借金と賃金との相殺が著しく労働者の人権を侵害してきた沿革から特に罰則を強化して(同法119条柱書1号、120条柱書1号)、規定したにすぎないとしています(最判昭和36年5月31日)。ここからすれば、使用者は、労働者に責任がある使い込み等の損害金をも、賃金から差し引くことは許されないことになります。

 ただし、賃金過払いがある場合に行う調整的相殺(賃金を過払いしたとき、過払額をその後の賃金支払期に差し引くこと)は、その時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定を脅かす虞がない場合には、有効とされています(最判昭和44年12月18日)。調整的相殺を法的にみれば、使用者による過払賃金の不当利得返還請求権と賃金債権との相殺ということになるので、先に挙げた使用者からの相殺一般を禁止した規定とみた判例と矛盾するようにも思えます。しかし、賃金過払いは、支払時期より前に賃金が支払われたという意味では、労働者は賃金の全額の支払いを受けてはいるわけであり、ただ、その相殺時期が過払時期と時間的に接着しておらず、予告もなしに行うなど、不意打ちといえる場合には、全額払いの原則の趣旨から認めるべきではないという価値判断があるものと考えられます。

 また、賃金債権と相殺する契約や賃金債権の放棄は、その同意や放棄が、労働者の自由な意思に基づいたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在する場合には、有効とするのが判例です(最判平成2年11月26日、最判昭和48年1月19日)。労働者の自由な意思で相殺契約ないし債権放棄した場合にまで、使用者を罰する(労働基準法120条)のは行き過ぎであるからです。

エ 賃金毎月1回以上一定期日払いの原則

 そして、賃金は、原則として、毎月1回以上の頻度で、かつ特定の日に支払わなければなりません(労働基準法24条2項本文)。たとえば、「毎月25日」は一定期日ですが、「毎月第3金曜日」は、期日が月によって変動するため、一定期日とは認められないことに注意してください。
 これは、賃金の支払間隔が長すぎたり、支払日が一定しないことによる労働者の生活上の不安定を防止する趣旨です。
 例外として、①臨時に支払われる賃金(私傷病手当、結婚手当、退職金等)、②賞与、③厚生労働省令で定める賃金(1か月を超える期間を算定の基礎として支払われる精皆勤手当、勤続手当、能率手当等)が挙げられます(労働基準法24条2項ただし書)。

(2)最低賃金制

 これは、国が、事業・職業の種類や地域に応じた賃金額の最低限度を定め、その遵守を法的に強制する制度です(労働基準法28条、最低賃金法)。
 最低賃金の決定方法は、①一定の地域内の同種の労働者を対象とする労働協約を労働協約締結労働者以外の同種の労働者にも拡張適用する労働協約拡張方式(最低賃金法11条)と②最低賃金審議会の調査審議によって最低賃金を決定する審議会方式(同法16条)があります。
 現在、②による場合が殆どです。②には、地域別最低賃金と産業別最低賃金があります。地域別最低賃金は、都道府県毎に「~県最低賃金」の名称で決定され、産業や職種を問わず、原則として、その都道府県内の事業場で働く全ての労働者に適用されます。他方、産業別最低賃金は、地域別最低賃金より金額水準の高い最低賃金が必要と認めたものについて、設定することとされています。