1.イントロ
前回・前々回は、会社を辞めることについてお話いたしました。今回は、辞めた後の関係について少し注目してみます。
経営者の方にとって悩ましい点の一つとして、自社で構築したノウハウその他営業に関する情報等の流出防止が挙げられます。このために秘密保持義務を従業員の方々に課したりして競争相手の登場を防ごうとされているかと思います。
しかし、従業員の方が会社を辞めてしまった場合、その後もノウハウ等を守ることはできるのでしょうか?
2.秘密保持義務とは
在職中は労働契約上の付随義務としての秘密保持義務が認められます。契約書を作成するなり就業規則上の条項を設けるなりされているかと思います。また、それらによらなくとも秘密保持義務を認める裁判例もあります(東京高裁昭和55年2月18日判決・古河鉱業足尾製作所事件参照)。いずれにしても、これにより従業員によるノウハウ等の流出が禁止されます。もし、この義務に違反するような行為があれば、その社員に対して懲戒処分、解雇、債務不履行(民法415条)や不法行為(同法709条)に基づく損害賠償請求権の行使などができます。
他方で、不正競争防止法に基づく秘密保持義務(同法2条6項参照)というものもあります。同法は不正の競業その他不正の利益を得る目的またはその保有者に損害を与える目的で、会社の秘密などを使用しまたは開示する行為が「不正競争」(同法2条1項7号)にあたるとして、使用・開示行為の差止請求(3条)や損害賠償請求(4条)、信用回復措置請求(14条)などといった「営業秘密」を保護する規定を置いています。これは在職中か否かを問いません。
3.退職後の秘密保持義務
それでは、不正競争防止法の「営業秘密」に該当しない社内の秘密・ノウハウなどを守ることができるのでしょうか。退職後も労働契約上の秘密保持義務が及ぶのか、実は考え方が別れており、まだ定まっていないところです。
1つは、労働契約の終了により付随義務であった秘密保持義務も終了する考え方です。今1つは、信義則(民法1条2項)に基づく義務として退職後もなお秘密保持義務は存続し続けるという考え方です。
1つ目の考え方は、予期に反して労働者を拘束することは妥当でないという考え方です。したがって、就業規則や特約などの根拠を設けることで退職後の秘密保持義務を許容していくことになります。2つ目の考え方は、在職中と同じように考えているということになります。
実例では、誓約書に基づく退職後の秘密保持義務が肯定された裁判例があります(東京地裁平成14年8月30日判決・ダイオーズサービシーズ事件)。ただし、書面で約束させれば何でもよいというわけではなく、「その秘密の性質・範囲、価値、当事者(労働者)の退職前の地位に照らし、合理性が認められる」必要があります。
この裁判例は、前にいた会社で得たノウハウ等を使えないことによって労働者の職業選択や営業の自由(いずれも憲法22条1項から導かれます)が不当に制限されないかを心配しています。しかし、会社にとって、営業秘密が生命線となることがあるから、双方のバランスを踏まえた判断基準を示したといえるでしょう。
結局のところ、事案によってそれぞれ判断が異なることになるので、誓約書を交わす、就業規則を設ける、法的措置をとる、といったいずれの選択肢を選ぶにしても専門家にご相談いただくのがベストだと思われます。
今回もお付き合いいただきありがとうございました。