今回は、従業員が退職後に顧客の引き抜きをした行為について、競業避止義務の特約がなくても従業員の競業避止義務違反を認めた裁判例(東京地裁平成5年1月28日判決)について検討したいと思います。

 原告である会社は、電話の取次・書類作成・タイプ等の秘書業務の代行を目的とする会社です。本件では、特に電話による秘書代行業務が問題となりました。電話による秘書代行業務とは、秘書代行を依頼する顧客に原告の秘書センターに転送する転送機を購入してもらい、それを顧客の事務所に設置し、顧客の事務所に着信した電話を転送機によって原告の秘書センターに転送して原告の事務所でオペレーターが対応するという業務です。

 この秘書代行業務でポイントとなるのが、秘書代行業務を必要とする顧客が転送機を購入するという点です。

 上記裁判例は、競業避止義務の特約がなくても、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中のものに働きかけをするような場合には、労働時契約上の債務不履行が認められると示し、以下の事実から本件では競業避止義務違反が認められると判断しました。

① 原告が行っている代行業務は代行業務を必要としている顧客を発見し、その顧客に転送機を購入してもらうことがもっとも重要であること

② 原告がバスやタクシー広告等に相当の経費をかけて代行業務を必要とする顧客の発見に努めていること

③ 被告が経営する会社が行っていた電話帳への広告、ダイレクトメール等の宣伝では、ほとんど顧客を獲得できなかったこと

④ 被告が在職中に知った原告の顧客で転送機を購入していた顧客に原告より低廉な料金を提示して被告が経営する会社への切り替えを勧誘したこと

 ①から④は、原告である会社と顧客との関係が会社にとって法的に保護すべきものであるかを判断するための要素だと考えられます。

 本件では、原告のサービスを利用する顧客は、秘書代行業務を必要とし、そのために転送機を購入する必要があるのですが、このような顧客はバスやタクシー広告など相当の経費をかけなければ獲得できないものであり、このような顧客は容易に獲得できないため、原告にとって顧客との関係は法的に保護すべきと判断されたものと思われます。

弁護士 竹若暢彦