1.弁護士は交渉のプロか?
最近、よく本屋で交渉術、交渉テクニックに関する書籍を見かけます。
その全てではありませんが、弁護士の著作にかかるものも多くなりました。
でも、そもそも弁護士は交渉のプロなのでしょうか?
私も含め、通常の弁護士は交渉術なるものの特別な訓練をどこでも受けていません。司法試験の受験科目にもありませんし、司法研修所でもそのような研修カリキュラムはありませんでした。
もちろん、弁護士になって実務につくと、ほとんどの弁護士が交渉を経験します。
しかし、その多くは紛争解決型交渉です。すなわち、交渉の成立が原則として困難で訴訟などの法的手続を当然視野に入れているタイプの交渉です。
2.通常のビジネス交渉と紛争解決型交渉の違い
通常のビジネス交渉では、信頼関係が前提となっています。
例えば、契約交渉について考えてみると、初めから信頼できない相手と契約交渉するビジネス・パーソンはいないと思います。もちろん、相手を盲目的に信用するわけではないし、また、契約当事者のそれぞれの思惑や駆け引きが交錯するのは当然です。でも、全く信用に置けない相手と契約関係を構築しようなどとは考えないはずです。
しかし、紛争解決型交渉の場合は違います。このタイプの交渉においては、当事者間の信頼関係が完全に破綻しています。要するに、お互いに相手を信用していない者同士の交渉なんです。
こちらがどのような提案をしても、相手は常に疑ってかかってきます。こちらがそれなりに相手の事情にも配慮したつもりなのに、相手は、「罠にはめられているんじゃないか」、「騙されているんじゃないか」、「法律の無知につけ込まれて、不利な合意をさせられるんじゃないか」と考えます。
このような事情が交渉の大前提となっているので、類型的にまとめるのが困難なタイプの交渉なのです。だから、常に、裁判沙汰にするという”脅し”を背景に交渉することになります。
私は、前者のビジネス交渉については、弁護士は交渉のプロではないと思います。
しかし、後者の紛争解決型交渉については、弁護士はプロであると胸を張って言えます。なぜなら、交渉が決裂して訴訟になることを視野に入れた交渉になりますから、この分野で弁護士以上に専門教育を受けたり経験を積んだビジネス・パーソンはいないはずだからです。
3.ビジネス交渉と弁護士の役割
もっとも、紛争解決型交渉に限らず、多くの契約交渉に弁護士が関与するというのも事実です。だから、弁護士も契約交渉の経験を数多く積むことができるのだから、やっぱりプロではないかという議論もあり得ます。
しかし、私はそれでも弁護士は契約交渉のプロではないと考えます。
以前私が関与した契約交渉でこんなことがありました。交渉当事者である企業にそれぞれ弁護士がつきました。その一方当事者についたのが私です。
契約書の条項をめぐって、弁護士同士のバトルになりました。私は当然、自分のクライアントに有利に契約書の条項を書き換え、不利な条項の削除を求めます。そうすると、相手側からこちらの提案した条項の修正や削除の要求がでてきます。
こうしたやりとりを何度が繰り返し、最終的には私のクライアントに有利な内容で契約締結に至りました。なぜだか分かりますか?別に私の交渉テクニックが上手かったわけではありません。
要するに、私のクライアントのほうが立場が強かったのです。立場が弱い方が、当然大きな譲歩を強いられます。
契約当事者間に横たわっている、このバーゲニング・パワー(交渉力)を、弁護士が動かすことは困難です。
弁護士は、契約書のたたき台に対して、「この条項は不利だから削除したほうがいい」とか、「逆にこのような条項を入れれば有利になりますよ」ということを助言できます。クライアントに有利な契約書の草案を作ってくれと言われれば、とりあえず契約当事者間のバーゲニング・パワーを無視して、クライアントに一方的に有利な契約書を作成することも可能です。
でも、その内容がそのまま契約書の内容になるとは限りません。最終的には当事者間のバーゲニング・パワーに左右されます。
ですから、弁護士の交渉力が威力を発揮する場面ではないんです。
以上から、私は交渉全般について専門家気取りで交渉術を云々している弁護士を胡散臭いと思っています。
弁護士を利用する企業サイドも、このことをよく念頭に置いて、弁護士を使い分けたほうがいいと思います。