1.「ADR」とは

 そもそも「ADR」それ自体は、裁判に代替する紛争解決手段の略称で、英語のAlternative Dispute Resolutionの頭文字を繋げた用語です。

 「ADR」は、民事上の紛争が生じているが、訴訟や法的倒産手続といった裁判所による強制力を持った手続(以下「法的手続」といいます。)を利用せずに解決したいという一方で、当事者間だけで解決すること(以下「私的解決」といいます。)は困難という場合に、当事者以外の公正な第三者が関与して、当事者間の話し合いをベースに、当該紛争の解決を図る手続の総称です。

 「ADR」が取り扱うことができる紛争は、当事者間に生じている紛争を意味しますので、もちろん事業再生だけに限られず、民事に関する紛争、商事紛争など様々なものがあります。そして、「ADR」が取り扱うできることができる紛争の中の一つとして、事業再生に関する紛争が位置づけられ、今回ご説明する事業再生ADRが存在し、公正な第三者として、事業再生実務家協会(JATP)が関与することになります。

2.他の手続のデメリット

 事業再生を図る場合、法的手続としては、民事再生、会社更生といった手続があります。しかし、民事再生や会社更生は破産と異なり事業再生を図る手段であるにもかかわらず、破産と同類に扱われる風潮があるため、商取引上の風評被害が発生し、事業価値自体を毀損してしまい、結局は再生計画自体が頓挫してしまうリスクも否定できないというデメリットがあります。

 一方で、私的手続として、私的整理ガイドラインによる整理手続があります。しかし、メインバンクとしては、私的整理を行ったとしても、融資先が法的手続に進む危険がある以上、新規融資に応じにくいといった面があります。また、メインバンク以外の取引金融機関は、メインバンクほど融資先の事情を知らず、融資先の財産状況を把握しているわけでもないので、メインバンク主導の弁済計画の正当性も履行可能性も判断しにくいという面があります。結果として、融資している金融機関の意見がまとまらず、私的整理が進みにくいというデメリットがあります。

 このように、事業再生を図る場合、民事再生や会社更生といった法的手続の利用も、私的整理ガイドラインといった私的解決も、各々軽視できないデメリットがあります。そこで、法的手続による解決も、私的解決も困難な場合に、当事者以外の公正な第三者が関与してその解決を図ることを予定する「ADR」の利用が注目されるということになります。

3.事業再生ADRのメリット

 このように法的手続でも私的解決でもない第三の道として注目されている事業再生ADRですが、その具体的なメリットとしては、以下のようなメリットが考えられるとされています。

 まず、事業再生ADRを利用すれば、事業継続に不可欠な融資は優先的に取り扱われるとともに、公的保証の対象となる制度が用意されています。そのため、メンインバンク等との新規融資の交渉に際して、新規融資を受けやすい環境を整えることができるというメリットがあります。

 また、事業再生ADRは、メインバンク主導で弁済計画を作成するわけではなく、事業再生の専門家による中立的な立場からの指導を受けながら準備を進めます。そのため、メインバンク以外の金融機関にも弁済計画の信頼性を理解してもらいやすくなり、金融機関の意見をまとめやすくなるというメリットがあります。

 更に、一般取引先を巻き込まず(ただし、金融機関と同視できるような大口債権者は別です。)、金融機関等だけを相手方として話し合いを進める手続ですので、本業をそのまま継続しながら解決策を探っていくことができます。

 加えて、税制面では、債務免除に伴う税負担を軽減する税の優遇措置も受けることができるとされています。

4.事業再生ADRの手続の流れ

 事業再生ADRを利用したい企業は、事業再生実務家協会(JATP)に相談に行き、事業再生ADRの利用を申し込むことになりますが、正式な申込みの前に、事業再生実務家協会(JATP)側により事前審査が行われます。そのため、事業再生ADRを利用したい企業は、正式な申込みの前に、事業再生計画案の策定が必要となります。

 なぜ、このような事前審査が設けられているかというと、事業再生ADRは全ての企業が利用できるというわけではなく、事業価値が認められ、債権者からの支援を受けることによって、事業再生の可能性がある企業だけがこの手続を利用することができるとされているため、そのような企業か否かを審査する必要があるからです。

 このように、事業再生ADRは、過剰債務に陥っている全ての企業が利用できるということではなく、事業再生の可能性がある企業だけ利用できることに注意が必要です。

 このような事前審査を通り、正式な申込みを行った後の手続は、事業再生実務家協会(JATP)が債務者である企業と連名で、対象となる債権者に対して「一時停止通知」を発し、債権回収や担保設定行為を禁止した上で、債権者会議へ参加してもらうように呼びかけ、再生計画案の概要を説明し、協議を行います。

 その後、債権者会議で全債権者からの同意を得ることができれば、事業再生ADRによる債務整理が成立し、再生計画を実行していくことになります。一方で、同意しない債権者がいる場合、事業再生ADRは終了し、その後は、特定調停や、法的手続(民事再生、会社更生)に移行することになります。

 このように事業再生ADRの手続によっても全債権者の同意が必要であることに注意が必要です。

 なお、事業再生ADRは、事前相談から、債権者に対する「一時停止の通知」発送までに約2ヶ月程度、更に「一時停止の通知」発送から再生計画を決議するため、約3ヶ月程度の期間を目安とする手続とされています。そのため、事業再生ADRの利用を希望される場合は、早期の相談を行う必要があると思います。