1.本条約と中国

 前回のブログで、この条約は、国際政治の舞台ではグローバル・スタンダードになっていますが、国際取引の実務の現場では歓迎されていないことを書きました。
 (前回のブログはこちら:国際物品売買に関する国連条約の実務への影響
 加盟国の企業の多くが、国際的な売買契約の際に、いわゆる「適用排除特約」と結んでしまうからです。

 ところで、私たち専門家の間では、中国の民法は、この条約をモデルとして作られているというのが一般的な理解です。
 もちろん、”モデル”といっても、そのさじ加減は千差万別です。瓜二つと呼べるくらいに酷似している場合もあれば、参考程度にしただけで相違点も多い場合もあるでしょう。
 しかし、一般的には中国は自国の民法を制定するうえで、かなりこの条約の考え方を参考にしたと言われています。
 仮に、これが真実だとすると、中国は、この条約をかなり評価していることになるかと思います。
 その経緯は分かりませんが、日本の企業が中国企業と国際物品売買を締結する際に、中国企業の出方として、ひとつの見方を予想できます。あくまでも予想であって、実際に中国企業がどう出るかは、この条約の発効を待たなければ分かりません。

2.中国企業の交渉戦略(仮説)

 通常、企業間の国際取引において契約を締結する場合、準拠法をめぐっての交渉が展開されます。
 準拠法とは、契約当事者間で紛争が発生した場合、どこの国の法律を適用するのか、という問題です。
 この条約は、いわば準拠法の問題をひとつの解決策として機能することが期待されています。
 すなわち、日本の企業と中国の企業が取引をするときに、日本の法律を適用することにしても、中国の法律を適用することにしても、一方に有利で他方に不利なものとなり、アンフェアです。でも、この条約を適用すれば、どちらの国の法律でもないで、フェアな関係になりますよね。
 このような観点から国際取引の実務で活用されることが期待されているわけです。

 しかしながら、多くの企業が適用排除特約を結んでしまうために、この条約は、準拠法に代わる役割を十分に果たせていない。判例が集積されていない法規範を適用することにしてしまうと、企業としての予測可能性が奪われてしまうからです。

 しかし、私は、日本企業が中国の企業と取引をする際に、中国側がこの条約を活用することを提案してくる可能性があるのではないか、とにらんでいます。
 というのは、交渉のテクニックとして、最初は、中国も日本も自国の法律を準拠法とすることを主張したとします。お互いどちらも譲らなければ契約交渉がまとまりません。
 そこで、中国側が妥協案として、「ならば、国際売買条約で行こう。これならどちらの国の法律でもないし、フェアだ」と提案してきたとします。このように来られると、日本の企業としても拒絶がしずらくなる。なぜならば、中国側は、少なくとも形式的には自国の法律を引っ込めて、中立的な条約の活用を提案してきているので一応フェアな提案と言えるからです。それなのに、日本側が自国の法律にこだわったら、日本側のエゴですよね。
 日本側としては、「中国は、この条約をモデルに自分の国の法律を作ったんじゃないか。だから、この条約を使うというのは、中国の法律を使うのと同じじゃないか!」と文句もつけたいところですが、別に中国の法律に「国際売買条約をモデルに制定しました」と書いているわけではなく、あくまでも専門家の間の認識に過ぎません。
 そうすると、一応中立的でフェアな提案は、強い交渉力を帯びてきます。交渉力は、企業間の力関係だけではなく、交渉内容の公平性も影響するからです。

 仮に、この条約の適用を使うという結論になったら、中国側は困らないのでしょうか。
 確かに、中国の民法がこの条約をモデルにしているというのが本当であれば、そして、中国の民法とこの条約が似ていればいるほど、自国の法律を準拠法に選んだのと代わらない結果になります。
 しかし、そもそも多くの企業がこの条約を嫌っている理由は、その予測可能性の欠如にありました。予測可能性という問題はクリアされているのでしょうか。

3.法廷地国も中国に!

 この問題を考えるに当たっては、法廷地国の問題を考慮に入れる必要があります。
 法廷地国とは、国際取引で紛争が発生した場合、どこの国の裁判所で審理するのかという問題です。
 日本側としては、日本の裁判所でやりたいはずです。
 しかしながら、日本の裁判所で勝訴判決をとっても、中国国内にある相手先企業の資産を差し押さえることは、少なくとも現状ではできません。なぜならば、中国は、現時点で、外国判決の承認を認めていないからです。

 裁判所というのは、要するに司法権力です。つまり、国家権力の重要な部分を担っているのです。
 国際社会は、主権国家により構成され、高度に分権化された社会なので、日本の裁判所の判決に基づいて、それを外国で当然に執行できるわけではありません。それには、相手国において日本の裁判所の判決を承認する手続きが必要になるのです。
 先進国では、外国の裁判所の判断を尊重して、この外国判決の承認手続きを設けているケースも増えてきていますが、必ずしもグローバル・スタンダードになっているとまでは言えないと思います。
 そして、中国は、現状では、この外国判決の承認という手続きを採用していないんですね。
 したがって、中国国内で強制執行を行うためには、中国の判決を取る必要がでてきます。
 このような状況では、中国が契約交渉の中で法廷地国も持って行ってしまう可能性が大きくなります。日本の裁判所から判決をもらっても意味がないからです。

 そうすると、先ほどの国際売買条約を準拠法とする話とどのようにリンクするか。
 中国にとっては、自国の民法については、国内で中国裁判所の判例が集積されていきます。あくまでも国内法ですから。
 そして、この条約の内容が、国内法と似ているのであれば、条約に関する裁判所の判断や傾向も、国内法の判例を通じて予測可能なものとなってきます。
 おまけに、それを判断するのは中国の裁判所です。契約で法廷地国を中国と定めているからです。

 したがって、結論として、

・中国企業は、国際取引において、実質的に準拠法も法廷地国も中国にできる。
・国内法を通じて判例が形成されるので、条約の予想可能性も確保できる。

 中国にとっては、めでたし、めでたしです。

 これは、あくまでも私の想像です。でも、こんなことを中国が画策しているのだとすると、なかなかの策士ですな。こんな分析をしている私は、十八史略の読み過ぎですかね(実は、中国の歴史ファンなんです)。