今回は、高齢者住宅を運営する者が、居室の合鍵を正しく保管していなかったことにより、慰謝料の支払義務が認められた裁判例を紹介します。

 大阪高判平成20年7月9日判決は、高齢者優良賃貸住宅において、遠隔で利用者の異変が感知されたため、緊急対応サービスとして現場に急行したが、合鍵の保管方法のミスにより持参した鍵が合致せず、担当者が住居内に立ち入れなかった事案です。その後、約1時間かけて正しい鍵を準備し居室に立ち入った結果、利用者が死亡していたのが発見されました。

 当該事案について、裁判所は、「利用者の死亡推定時刻は異変を感知した日の前日であり、仮に速やかに開錠できていたとしても死亡を阻止できたとは認められない」と判断したものの、慰謝料として、施設運営者に金10万円の支払義務を認めました。

 当該裁判例では、入居者が死亡したことに対する精神的損害を認めたわけではなく、入居者の安全確認が約一時間遅れたという業務懈怠があったことについて、精神的損害が生じ慰謝料の支払義務が認められると判断しています。

 この点について判決では、「本件緊急対応サービスを受けることが、高齢者が家族の者に頼らなくても安心して生活をすることができるという、生活の質に関わるものであることからすれば、・・・・安全安心な生活を送れていなかったこと及び実際にその期待を裏切られたことによる精神的苦痛に対する損害の賠償がなされるべきである。」としています。

 高齢者住宅を利用する方は、少なからず「何かあった場合にも安心だから」という期待を有しているために当該施設を利用していると考えられます。そして当該期待が害された場合には、それが利用者の病気や死に直結していなかったとしても、慰謝料等の支払義務が生じる可能性があることが、この裁判によって示されました。

 高齢者に対してサービスを提供する際には、転倒や、誤嚥等、利用者の生命に直結する事故に注意することは当然ですが、日々の些細な業務であっても、丁寧に実施するよう、意識することが重要です。