てんかん性うつ病の被告人(20代前半)が自宅に放火したという事件を紹介したいと思います。

 自宅は半壊し、逃げ遅れた父親は火傷のため片腕を切断するという重傷を負ってしまいました。そして、捜査段階で簡易精神鑑定がなされており、責任能力に問題なしとして、起訴されています。被告人は、私が接見すると、犯行動機について、「電波のせいだ」などと語ったり、留置場の壁を拳で叩くなどして自傷行為に及び、明らかに精神異常が読み取れたんです。

 留置場内での様子は、担当の裁判官にも報告されていたようでして、第1回公判期日の直前に、私が裁判官室に呼び出され接見時の様子の報告を求められるという異例の事態となりました。通常の刑事裁判では、検察官が立ち会わない場所で、弁護人と裁判官が法廷外で面談するということはないからです。

 そこで、裁判官自身が事態を深刻に受け止めていることを感じ取った私は、被告人の治療を早期に実現するために、担当裁判官に対し、次のような弁護方針を口頭で伝えました。それは、①被告人の現時点での精神状態から推測して、犯行時において、心神喪失(責任無能力)状態にあった可能性があるので、精神鑑定を請求する方針があること、②被告人に対して真に必要なのは、刑罰ではなくて早期の治療であること、③精神鑑定を行うと裁判が長期化し被告人の治療が遅れるので、執行猶予付きの判決がありうるのであれば、精神鑑定の請求を見送る用意があること、という内容です。

 被告人には前科はありませんでしたが、本件は現住建造物放火という重大犯罪であり、かつ、父親が瀕死の重傷を負っていることから、通常の刑事裁判の常識では執行猶予付きの判決は期待できませんでした。
 しかしながら、私の上記訴訟方針を理解した裁判官は、私に対して、「心神喪失状態にあったという弁護人の見解には疑問がある。但し、被告人の現状から、精神疾患が読みとれることは理解できるので、執行猶予付きの判決を下すことも十分視野に置いている」と言ってくれたんです。
 裁判官が密室でこんなことを言ってくれるのも極めて異例です。やっぱり裁判所は、精神鑑定の請求はイヤなんですね。

 これはいけるかも…
 と思いました。

 そこで、私は、精神鑑定の請求を行わないことにし、代わりに執行猶予付の判決を求める弁論を展開しました。
 そして、審理は、第1回公判期日で終結し、現住建造物放火という重大事件で、懲役3年・執行猶予5年という異例の判決を勝ち取ることに成功し、被告人の早期治療の開始を実現できたんです。