私の過去の依頼者でとてもやんちゃな人がいました。
 その依頼者は20代前半の若者でしたが、何と暴力団員をぶっ飛ばしてケガをさせ捕まってしまったんです。
 逮捕・勾留された若者と接見し訊いてみたところ、本人は相手がヤクザ者だと分かってぶっ飛ばしたということでした。

 「すぐにヤクザだと分かりました。半袖の下から入れ墨が見えてましたし、組の名前も名乗ってましたから…。相手は2人でしたが、因縁つけられたので2人ともぶっ飛ばしてやりました」と。

 私は最初、イヤな予感がしました。暴力団員が一方的にやられてしまうなんて、ちょっと理解に苦しみます。昔、元・右翼団体にいた被告人の弁護をしたときに、その被告人が「ケンカの時には相手に殴らせますよ。その方がカネになりますから…」と言っていたのを思い出したんです。
 これから被害者という大儀で、巧妙なゆすりが始まるのではないか…。そんな予感が走ったんです。

 「示談交渉してみるけど、相当ふっかけられると思うから、覚悟しておいたほうがいいよ」

 捜査を担当していた警察官にも直接話を訊いてみました。どんな見通しを立てているのかヒントがえられるのではないかと思ったからです。
 すると、その警察官のおちゃらけた反応。

 「本来ならヤクザにやっつけられるところが、逆にやっつけてしまったんですねえ。ハハハ…。え?相手がヤクザなんだから、逮捕までしなくても、ですか…。いや~、先生、そういうわけには行きませんよ。被害届が出てますし、ヤクザも一応一般市民ですからねえ…」

 というわけで、やる気があるんだかないんだか、よく分からない警察官の反応。
 相手がヤクザだということもあり、示談交渉で決裂しても不起訴はあり得るのではないかと思いましたが、依頼者の希望でもあったので、警察官からそのヤクザの連絡先を教えてもらい、コンタクトを取ってみたのです。

 さて、どんな巧妙でしたたかな”ゆすり”が始まるのか…。
 しかし、そのヤクザに電話してみると、予想外の展開に。

 「あ、弁護士さんですか。ボクも弁護士に依頼しているので、そちらと話をしてください」

 「え?」

 弁護士同士の話し合いです。
 ヤクザも弁護士を間に入れた以上、あからさまなゆすりはやりにくいはず。
 意外にもフツ-の示談交渉になってしまいました。

 そこで、早速そのヤクザが依頼している弁護士さんに連絡を取ってみると、案の定、普通の展開になってしまったんです。

 「被害者も軽傷ですしねえ、20万円の示談金で終わりにしましょうよ、先生」とその弁護士さん。
 ケガの程度からみて、妥当な金額でした。全くふっかけられてない…。

 私の依頼者に殴られてケガをしたそのヤクザ者。驚くほど善良な市民でした。被害者としての対応も極めて良心的です。
 示談交渉して分かりましたよ。
 そのヤクザ、本当に被害者だったんだなーって。