芸能人等の薬物事犯のニュースは後を絶ちません。また、近年はいわゆる危険ドラッグに関するニュースも世間の耳目を集めています。
とはいえ、薬物事犯の中心は、今なお覚せい剤であり、ピーク時に比べればやや落ち着いた感はあるものの、ここ5年は年間の検挙件数が15,000~16,000件の横ばいで推移しています。
覚せい剤取締法では、さまざまな行為を取り締まり対象としています。輸入、所持、使用などその類型は様々です。そして、類型ごとに量刑も定められています。
こうした覚せい剤事案のうち、使用罪に関しては、被疑者の尿等を鑑定し、その中に覚せい剤の主成分であるフェニルアミノプロパン、フェニルメチルアミノプロパンやそれらの塩類が含まれていれば、一定期間内に覚せい剤を摂取したことがわかるとして、その使用行為が立証されます。
しかし、覚せい剤使用罪は故意犯であり、うっかり体内に入ってしまった、つまり「過失」で摂取したのであれば、犯罪は不成立となります。被告人が故意で覚せい剤成分を摂取したことを立証する責任は検察官にありますので、被告人及び弁護人としては、故意であったことを疑わせるよう主張立証活動を行うことになります。
とはいえ、体内に覚せい剤成分があるにもかかわらず、さらにそれを故意に摂取したことをどのように立証すればいいのか、かなり難しい問題です。また、常識的に考えてみても、普通の生活をしている人が「うっかり」覚せい剤成分を体に取り込むことがそうそうあるようにも思われません。
そこで、裁判例上、「覚せい剤は、違法薬物であって、通常の社会生活の中で体内に摂取されることはあり得ないし、我が国での市販薬に含まれてもおらず、体内で生成されることもないから、被告人の尿から覚せい剤の成分が検出されている以上、特段の事情がない限り、自己の意思で覚せい剤を摂取したことが推認されるというべき」(仙台高判平成18年4月27日高刑速平成18年1号313頁)とされています。
またさらに、「覚せい剤は、法律上その取扱いが厳格に制限され、取扱資格者でない者は、その使用、所持及び譲渡が禁止され、その違反に対しては厳罰をもって取締りがなされている薬物であるため、一般の日常生活において、それが覚せい剤であると知らないうちに誤って体内に摂取されるというようなことは通常ではあり得ないことである。したがって、被告人の尿中から覚せい剤が検出された場合には、他人が強制的に、あるいは被告人不知の間に、覚せい剤を被告人の体内に摂取させたなどの被告人が覚せい剤を使用したとはいえない特段の事情が存在しない限り、経験則上、被告人の尿中から覚せい剤が検出されたということのみで、被告人が、自らの意思に基づいて覚せい剤をそれと認識した上で摂取したものと推認するのが相当である。」(東京高判平成19年2月28日高刑速平成19年 143頁)ともされています。
したがって、その是非はともかくとして、体内から覚せい剤成分が検出された者については、その使用に関する故意が事実上推定される形となっているわけです。
但し、前記の東京高判が示唆するように、『他人が強制的に、あるいは被告人不知の間に、覚せい剤を被告人の体内に摂取させたなどの被告人が覚せい剤を使用したとはいえない特段の事情』を主張していくことで、故意について合理的疑いを生じさせることは可能です。
実際、東京地判平成24年4月26日判タ1386号376頁のように、「特段の事情」が認められて無罪となったケースもあります。
しかし、「特段の事情」のハードルは決して低くはありません。
心当たりがないのに覚せい剤成分が検出され、覚せい剤使用の罪に問われる…恐ろしいことですが、結果的に無罪になった事案の中は結果的にそのようなケースであったといわざるをえないものもあります。
不幸にして身に覚えのない覚せい剤使用の疑いをかけられてしまった人は、捜査段階から速やかに弁護人にその点を説明し、対応を協議するようにする必要があるでしょう。