医療過誤の事件の相談を受ける際、カルテの開示をした後、たまに次のようなことを言われることがあります。

「(カルテの記載を見て)私こんなこと言ってない。カルテが改ざんされています。これは証拠偽造罪にあたらないのですか。」

その際、問題になる罪は、刑法104条です。
刑法104条は「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し・・・た者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。」と規定されています。

そして、「隠滅」とは、証拠そのものを滅失させる行為のほか、証拠の顕出を妨げ又はその証拠価値・効力を滅失減少させるすべての行為をいい、「偽造」とは、新たな証拠を偽造することをいう。
したがって、カルテの改ざんを問題にする場合は、ほとんどの事案が証拠隠滅罪の事案ということになります。
一般の感覚より、偽造の範囲は狭いかもしれませんね。

それでは、カルテの改ざんは証拠隠滅罪にあたるのでしょうか。

証拠隠滅罪が成立するためには、「他人」の「刑事事件」に関する「証拠」を「隠滅」することが必要です。

まず、自己の刑事事件の証拠の隠滅をしないことを期待することには無理があるので本罪が成立するためには「他人」の犯罪であることが要求されています。つまり、刑事事件として立件されることがありうるような医療過誤があった場合に、その過誤を行った医師本人がカルテ改ざんをしても本罪が成立することはありません。

また、「刑事事件」とは、公訴提起後の刑事被告事件だけでなく、公訴提起前の被疑事件も、捜査開始前の事件についても、これに含まれます。刑事事件が不起訴になり、あるいは無罪となっても本罪の成否には影響がありません。 そして、「証拠」とは、捜査機関又は裁判期間が、国家刑罰権の有無を判断するにあたり関係があると認められる一切の資料をいいます。

このような要件を満たせば、証拠隠滅罪は成立し得ます。

しかし、ここから先が争われたのが、東京女子医大事件(東京地裁平成16年3月22日判決)です。
この事件では、手術の同じチームであったA医師がB医師の過失に関してICU記録を改ざんしたことがA医師の証拠隠滅罪にあたりうるけれども、「A医師は、本件手術による患者の死亡に関し、病院等に対する民事事件に発展することは予想していたものの、刑事事件にまで発展することは全く考えていなかった」ため、ICU記録は他人の刑事事件の証拠であることの認識に欠けていたので、証拠隠滅罪の故意がないから無罪である、ということが争われました。

これに対して裁判所は、A医師が刑事事件にまで発展することはまったく考えなかったと供述しましたが、そのような供述は全く信用できないと認定し、ICUの記録等は将来B医師に対する業務上過失致死事件の証拠になることは明らかであるから、A医師は、ICUの記録等が他人の刑事事件の証拠であることにつき、少なくとも未必の故意を有していたと認定しました。

これにより、初めて証拠隠滅罪は成立します。

以上より、カルテを改ざんした医師を証拠隠滅罪に問うことは結構難しいことが分かりますね。

なお、それでは医師はカルテの改ざんをし放題かというとそうではありません。
例えば、医師が自己の犯行を隠蔽する際、証拠隠滅罪にはあたりませんが、責任を免れる意図をもってカルテを改ざんすることは「医師としての品位を損するような行為」(医師法7条2項)ですから、医師免許の取消や医業停止などの行政処分の対象になります。

カルテの改ざんは絶対に許されません。