今回は中止犯に関する裁判例をご紹介いたします。

 まず、中止犯という単語自体耳慣れないとは思います。刑法43条は

「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。」

と定めています。「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者」とは、いわゆる未遂犯について規定したもので、中止犯とはただし書き以下の「自己の意思により犯罪を中止したとき」に成立し、成立した場合には、減軽または免除されることになります。

 今回の記事では、中止犯の成立に際して争点となる「自己の意思により」といえるかが問題となった裁判例(札幌高等裁判所平成13年5月10日判決)をご紹介します。

 本事案は、被告人がかつて交際していたがすでに疎まれつつあった被害者に「これ以上付きまとわないで」等と言われ、絶望的な気持ちになり、被害者を殺して自分も死のうと思って胸部を包丁で突き刺したところ、被害者から「本当は好きだった」「病院に連れて行って」と言われたことで、被害者を病院に搬送し救命措置を講じさせた事案で、中止犯の成立を肯定しました。

 同裁判例は「被告人のことが好きだったとかいう言葉に触発されて心を動かされたもの」ではあるが、「苦しい息の中で一生懸命訴え続けている同女に対する燐憫の気持ちなども加わって、あれこれ迷いつつも、最後には無理心中しようなどという思いを吹っ切り、同女の命を助けようと決断した」として自己の意思により犯罪を中止したと指摘しています。
 その他にも、病院に搬送したとしたら自己の犯罪が露呈することや、一度強固に決意し実行に移した無理心中を「好きだった」という言葉だけでは通常断念しないことを指摘しています。

 多くの裁判例では、一般人であったならば犯行継続を思いとどまるか否かという観点(一般人が思いとどまらないような状況で行為者が犯罪を止めたかどうか)が重要な判断要素になっています。