前回、官邸ドローン事件を素材に、刑法の基本構造についてご説明しました。
(前回の記事はこちら:官邸ドローン事件にみる犯罪の成立要件)
このため、前回はこの事件で問題となっている、「威力業務妨害罪」についてご説明することができませんでした。そこで今回は、同罪についてみてみようと思っていたところ、また、世間を騒がせている犯罪に、「威力業務妨害罪」が出てきました。昨今、関東地方で問題となっていたJR関連施設への放火事件です。
JR関連施設に対する事件については、依然詳細が不明ですので、今回は官邸ドローン事件をもとにご説明をしますが、今後、報道の展開にあわせて、JR放火事件の場合にはどうなるのかを、本稿に照らして皆さんご自身でお考えいただければ幸いです。
さて、威力業務妨害罪に関連する法律の条文は以下のとおりです。
刑法第234条(威力業務妨害)
威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。刑法第233条(信用毀損及び業務妨害)
虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
威力業務妨害罪の客観的構成要件が、「威力を用いて人の業務を妨害した」であることがわかります。このうち、解釈がしばしば問題となるのが「威力」、「業務」、「妨害」です。
このうち、「威力」とは、「人の意思を制圧するような勢力」をいうとするのが判例です(最判昭和32年2月21日)。これでもまだ分かりにくいですが、暴行や脅迫は当然これに含まれます(「暴行」、「脅迫」の意味も別途解釈が問題になりますが、今回は割愛します。)。このほか、社会的ないし経済的地位や権勢を利用して人を脅したり、大勢で力を誇示したり、騒音を立てたりものを壊したりして人の意思を制圧した場合は、いずれも「威力」にあたります。「人の意思を制圧」もわかりにくいですが、敢えて噛み砕いて表現すると、人が自由な意思で何かを決めたり、行動したりすることに対して圧力をかけることをいうと考えればよいのではないでしょうか。
どの程度の圧力であれば「制圧」にいたるのかは、犯行の日時や場所、犯人側の動機や目的、人数や用いた勢力の内容、対象となった業務の種類、被害者の立場などのいろいろな事情を考慮して判断するとされますが、通常の人であれば「制圧」されるであろうと考えられる程度のものであればそれで「威力」にあたり、たまたま被害者が肝っ玉の太い人で、現実には意思を制圧されなかったとしても、「威力」にあたるとするのが判例です(最判昭和28年1月30日参照)。
次に「業務」ですが、職業はもとより、「社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務又は事業」を意味します。特に営利性は条件とされていませんので、企業だけでなく、政党や学校、宗教法人などの活動もこれに含まれ得ます。但し、個人生活上の行為は含まれません。個人的な趣味や娯楽のための活動は本罪の対象外です。
問題は、今回の官邸のように、いわゆる「公務」が本罪の「業務」にあたるかです。公務に対する妨害については、別に公務執行妨害罪があることや、公務員は職種によっては自力で妨害を排除できる力を備えていることから(例えば警察官などです。)、特に業務妨害罪で保護する必要性がないのではないのかというのがその問題意識です。
かつての判例は、公務は業務妨害罪の対象とはならないとする立場をとっていました。しかし、現在では、「権力性・支配性を有しない公務については業務妨害罪の対象となる」との立場をとるにいたっていると理解されています(最判平成12年2月17日参照)。自力で妨害を排除する権力的な力を備えていない公務については、業務妨害罪で保護する必要があるとのことでしょう。もっとも、判例が「強制力を行使する権力的公務」という言葉を用いていることから、「強制力」の意味が新たな争点となっています。
首相官邸は日本の権力の中枢ですから、ある意味では、権力的公務の代表のような気もしますが、今回実際に妨害されたとされているのは、「官邸」という建物の管理、及び官邸内部で勤務する事務職員の働きでしょうから、これらの事務には強制力はないものと思われ、今回は業務該当性は問題にならなそうです。
最後に「妨害」です。業務妨害罪における妨害とは、「業務の平穏かつ円滑な遂行」を保護対象とする罪ですから、これらが害されることが妨害となります。ただし、「威力」のところで述べたのと同様に、現実に業務遂行が妨害される必要はなく、一般人を基準として妨害の結果を発生させるおそれのある行為があれば足りるとされています(大判昭和11年5月7日他)。
さて、以上を前提に今回の事件の被告人側の主張を見てみましょう。すなわち、「威力にあたらない」「業務妨害ではない」との主張です。
まず、「威力にあたらない」とは、官邸の屋上にドローンを落下させる行為は、「人の意思を制圧するような勢力」ではないというものでしょう。確かに、ドローンが1機屋上に落っこちてきたからといって、官邸の人々の意思が制圧されるものだろうかという疑問はわきます。ただ、問題は搭載されていた放射性物質です。平常値の20倍あるが、直ちには人体に影響はないレベルという微妙な線(事件時の報道による)を裁判所がどう評価するかは気になります。
第二の「業務妨害ではない」は、行為から2週間も誰も気づかなかったのだから、「平穏かつ円滑な業務の遂行」を妨害するに足りる行為ではなかったとの主張ではないかと思われます。ただ、官邸という場所柄、外部からの侵入があった場合、相当内部の事務は混乱したり、不必要な対応を強いられるでしょうから、現実に業務妨害が生じなかったとしても、少なくとも生じさせる危険性はあったといわれる可能性はあるかもしれません。
このほかにも、故意の否認や違法性阻却事由の主張もなされている官邸ドローン事件、今後の裁判の推移が注目されます。