1 はじめに
こんにちは、弁護士の伊藤です。
今回は、被害者と一定の人的関係を有する者の過失を斟酌して賠償額を減額する法理(これを「被害者側の過失」といいます。)について、検討したいと思います。
2 被害者側の過失
⑴ 根拠
民法722条2項は、ただ「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と規定するのみですが、裁判所[1]は、同条にいう被害者の過失には、「単に被害者本人の過失のみではなく、ひろく被害者側の過失をも包含」されると述べています。
これは、裁判所において、過失相殺は発生した損害を加害者・被害者間で公平に分担させるという「公平の理念」に基づく制度であるところ、本人以外の過失を被害者側の過失として斟酌することが「公平の理念」に照らして相当な場合がある[2]と判断したものです。
⑵ 限界
一方で、個人の人格の独立性・自立性を前提とする民法典の理念(これを「個人主義」といいます。)にかんがみて、被害者以外の第三者の過失を理由として賠償額を減じるのですから、被害者側にあたるとされる者の範囲をどのように画するのが「公平の理念」に合致するかが問題となります。
被害者側の範囲について、裁判所[3]は、「被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者」という一般的な判断基準を定立しています。
⑶ 適用場面
それでは、前記の一般的基準を踏まえて、被害者側の過失の法理の適用が問題となる代表的な類型ごとに検討を加えていきたいと思います。
ア 被用者の過失
まず、被害者側の過失として、被用者の過失が問題となる場合が挙げられます。
損害賠償請求をする者の被用者に損害の発生ないし拡大につき過失があればこれを斟酌する点につき、ほぼ異論をみないといってよい[4]でしょう。
被用者の過失を被害者側の過失として考慮することの実質的な理由は、報償責任の原理にあると考えられます。報償責任の原理とは、他人を使用して事業を営む者は、これによって自分の活動範囲を拡大し、それだけ多くの利益を受けるのだから、被用者の行為によって生じた責任についても負担するのが公平の理念に適するという考え方をいいます(民法715条1項本文参照)。
イ 親族関係者の過失
次に、被害者側の過失として、親族関係者の過失が問題となる場合が挙げられます。
親族関係者の過失を考慮するにあたっては、個人主義にかんがみて、被害者側とされる者の範囲に合理的な制約が加えられる必要があると考えられます。
具体的には、親族関係者の過失を被害者側の過失と構成することは、①親族の行為について被害者自身が支配・コントロールすることができたであろう場合、あるいは、②ある損害を被害者側とされる者の損害としても構成することも、被害者自身の損害として構成することも、どちらも論理的に可能といえる一体関係(填補清算の同一性)がある場合に限って認められるべき[5]と考えます。
3 最後に
被害者側の過失の法理は、条文の文言それ自体(文理解釈)から離れて、裁判所の法的な価値判断を踏まえた解釈(拡張解釈)を行うことで創出されたものです。それゆえ、法文の字面だけを追っていても、正確な理解をすることはできない筋合いの複雑な法的概念といえます。
それなので、被害者側の過失の法理が問題となるような複雑なケースでは、被害者であれ、賠償義務者であれ、自己の正当な権利を十分に主張していくためには、法律専門家たる弁護士の助言を得ることが有効であると考えられます。
[1] 最判昭和34年11月26日・民集13巻12号1573頁。
[2] 潮見佳男「不法行為法」(以下「潮見」)316頁。
[3] 最判昭和42年6月27日・民集21巻6号1507頁。
[4] 潮見317頁。
[5] 潮見318頁。
弁護士 伊藤蔵人