1.素因減額

 交通事故に遭った被害者の特殊な性格によって、本来であれば比較的短期に治療が終了していたと思われるのに、治療期間や休業期間が長期に及び、損害額が大きくなることがあります。このような場合、加害者に生じた損害の全てを負担させることが、公平の観点から妥当ではないとされ、賠償額の減額が行われることがあります。

 このような減額のことを、素因減額といいます。
 最高裁も、このような減額が行われること自体は認めています(最高裁昭和63年4月21日判決)。

2.非器質性精神障害の場合の素因減額

 非器質性精神障害は、事故を契機として発症したとしても、事故のみが原因となっているというよりも、それ以外の原因も影響を与えて発症することも多く、上記素因減額の問題が生じることがあります。
 素因減額の要素として考慮されているのは、被害者の性格のほか、生活史、精神的既往症の有無、被害者の回復への意欲生物学的・遺伝学的要素、事故以外のストレス因子などとされています。

3.因果関係の割合的認定と素因減額

 損害の発生・拡大の原因が事故のみによるものではないというような場合の損害賠償額の調整の方法としては、前回お話した因果関係の割合的認定の手法と素因減額の手法があります。

 これらは、概念としては異なるものであり、本来であれば、相当因果関係の判断が、素因の問題の判断に先行すべきようにも思われますが、実際には、相当因果関係の判断をする際に考慮する要素と、素因減額を行う際に考慮する要素は、特に非器質性精神障害の場合、相当程度重複してくることとなります。
 実際の裁判でも、どちらの手法が用いられるのかは、まちまちです。

 これらの手法は、いずれも、事故によって生じた損害の賠償を全て加害者に負担することが公平の観点から妥当ではないような場合に、オールオアナッシングの処理を回避して損害賠償の額を調整することができるものとして、賠償実務において支持されているものであり、共通するところがあります。

 そのため、当事者としては、どちらの構成として問題となるかにこだわるよりも、これらの手法の中で考慮されるような要素があるのかを具体的に検討していくことが重要となります。前述の考慮要素の分類にしたがって、事実を整理しておくと良いでしょう。

参考文献 判例タイムズNo.1379 2012.11.15